ボートで行くクルージング三昧

ホームポートを瀬戸内海(仁尾マリーナ)に移してクルージングを楽しんでます

2024年冬ショートクルーズの2日目は、3年ぶりの「今治」

 

懸案のジェネレータ起動は専用バッテリーへの充電が昨日の航海でかなり進んだようで、一発で起動した。これで、ジェネレータ稼働による各バッテリー(スラスター、メイン、アクセサリー、ジェネレータ用)への充電が問題なく進んでいることが確認できたと思う。残るは帰港して陸電ケーブルを繋ぎ、その状態で充電器(24V、12V用)の性能を確認してオールクリアして一連の充電問題がクリアとなる。冬場は温度低下と出港頻度が下がる事もあり、何かとバッテリー問題が起こる。やはりアイドリング回転ぐらいでは充電がなかなか進まないのであろう。

さて、今日の「岩城島」は早朝から雨降りが続き、自転車を使っての島観光は諦めた。しかし、朝食作りから始まり、島内の「Aコープ」に足りないものを買いに行ったり、給油したり、名物の芋菓子(芋けんぴ)を求めに行ったりしたので、気がついたら午後になっていた。

13時、「岩城島」を出港、14マイル先の「今治港」を目指した。途中の視程が悪く、レーダー画面と目視を繰り返しながら、本船航路を横断した。ご承知のように今治港沖は「来島海峡」を通過する東西航路の本船が集中する海域なので、視程が良くても気を抜けない場所である。信号等表示は、「S、↓、✖️」であった。南流、潮速低下中、間も無く転流の意味である。

雨の勢いが強まる中、14時に今治港内にある「いまばり海の駅」に接岸した(浮き桟橋)。たった14マイルの距離であったが、視界がかなり悪かったため、いつもの巡航25ノットではなく、20ノットで走航したため時間が余計にかかった。着ける場所は浮き桟橋の海側先端になる。同桟橋の陸側が通船の給油場所になっているからである。

 

目の前にある一見鯨を模したように見える「みなと交流センター」1階の事務所にて係船料¥1,034を払って手続きを完了。気が付けば16時近くになっていた。その頃には雨も止み始めてきた。詳しい港情報については過去訪問時の記事を読んでほしい。

夜は焼肉「阿部商店」に出かけた。若者向きで、いわゆる焼肉店のしつらえではないが、大変にコスパの良い店であった。若者向けだけに、焼肉店にもかかわらずご飯類、ラーメン類の品揃えが豊富で満腹になること必定であったので、おすすめしておく。ただし、シニア層のヨットマンがグループで入店したらお店側、他のお客様に「なぜ?」と訝しがられることになる。しかし、今治で焼肉ならぜひ!

 

明日は31マイル先の「仁尾マリーナ」に戻る予定である。

cruisingzanmai.hatenablog.com

 

2024年冬ショートクルーズ1日目は、吉例の瀬戸内海「岩城島」

今年(2024年)は能登半島を襲った大地震津波で始まった。実は今年の春夏クルーズは新潟の「佐渡島」往復を計画していたため能登半島の泊地研究をかなりしていた。災害報道でTVに映る映像を見て、これは無理だなと思っていた。滝港、能登富来港、輪島港、狼煙港、飯田港、七尾港、富山新港、皆寄港は難しいだろう。

さて今年口開けの冬の瀬戸内海ショートクルーズは、やはり「岩城島」になってしまった。昨年も2度訪れ、延べにすると両手に近い回数となる。初日の出港が家の片付けや食料、飲料等の事前の買い出しもあって午後時間になるので、27マイル先の「岩城島」が丁度良いのである。桟橋での給油も受けられる。

この島を訪れる時期としては冬の季節風の合間、それも晴れの日が1番良い。海の水はものすごく綺麗、南に開いた港なんで北西の風に強い。見渡せば訪れる観光客は少なく、ヨット、ボートの寄港もないので浮桟橋の前日予約も可能、電動自転車のレンタルは当日で叶う。明日は、初めてになるが電動自転車で島内一周観光をするつもりであるが、天気予報はあいにくの雨。

この「Limone Plaza」の中の売店で、電動自転車の予約ができる。冬の平常日なら全てのタイプの自転車から好きなものを選べる。係船手続きは、その奥の支所で行うが、休日は裏通用口の宿直職員とやりとりすることになる。

綺麗な夕日が西に沈みつつある。落ちゆく夕日を見て「西方浄土」に思いを馳せるようになったのは、いつの頃からだったであろう。そんな思いでこの写真を撮った。

岩城島」に来る最大の誘因は目の前の居酒屋「よし正」デコの刺身を食べることにある。採れたての魚、普通なら歯応えが1番に来るのだが、なぜか旨みが勝るのである。不思議だ。

 

2023年秋ショートクルーズ「伯方島(有津港)」

生口島」の「瀬戸田港」から「伯方島」の「有津港」を目指した。「鼻栗瀬戸」に入り「大三島橋」(満潮海面高26m)を通過、次に左に転舵して、そのまま「伯方・大島大橋」を通過して「船折瀬戸」に向かった。この瀬戸のコースは東西どちらからアプローチするにしても、潮流の凄さを見聞できる。瀬戸内海クルーズの一つのハイライトになる。有名な「村上水軍」が海の関所として位置付け、縄張りにしていた場所でもある。

「有津港」はその「船折瀬戸」に面した漁港である。途中に赤く塗られた「船折瀬戸灯台」があるので目印になる。その向かいに白く塗られた「有津港堤防灯台」があり、その灯台を左に見て入港する。港の入り口は広く空いており、近づけば赤く塗られたタラップで結ばれた浮き桟橋が見えて来る。入り口側のサイドが開放されている。

利用にあたっては事前に「伯方島伯方支所住民サービス課」に連絡を取った方が良い。何しろ一隻でいっぱいの小さな浮き桟橋だからだ。応対は実に親切である。係船料は35fで42円、係の人が集金に来てくれる。

しかし、泊地としては一切の利便性(水、電気、燃料、トイレ)はない。歩いていける食事先は、お好み焼き「たんぽぽ」のみである。しかし、ここのお好み焼きは大変に美味しいと思っている。この感慨は私だけではなさそうだ。島住民のテイクアウトがすごい。なので店前の駐車場は取りにくる軽トラで、店内より賑わっている。

もし、島巡りの途中に、美味しいケーキを食べたいなら同じくその隣のおしゃれな雰囲気の「玉屋」がおすすめだが、ヨットマン、ボートマンの中には前者に該当する人はいても後者は少ないと思う。行けばお客層を見て明らかに場違い感を味わったので、そそくさとテイクアウトして帰ってきた。

 

2023年秋ショートクルーズ「瀬戸田港」

この写真は「高根大橋」側からアプローチした際に見える「瀬戸田港」の浮き桟橋の形状。奥側の三角屋根桟橋は本土からのフェリーが使うので手前の古い桟橋が利用可能となっている。ここまで「三原港」からはわずかに7マイル、「瀬戸田水道」の幅は狭いので潮流速度は早目、かつ水路を通過する艇の引き波の勢いは強い。この日は小潮なので潮流影響は軽微であった。

 

 

前回、「生口島」の瀬戸田港に入ったのは、2020年7月、あれから3年半がたっている。カテゴリーを設けてあるので合わせて読んでいただきたい。

「しおまち商店街」を軸に街の美観向上が進められていた。商店街は歴史的風致維持向上計画の中で「ミニ倉敷」の様相にすっかり変わっていた。当地においてはコロナ禍の3年は街を観光コンテンツ化するための改修期間だったと思った。これは「厳島」も同様である。コロナを嘆くのでなく、飛躍の準備期間として利用する、並大抵の覚悟ではできないであろう。

結果は明らかである。平日にも関わらず観光客、しまなみ海道を走るサイクリストが街を回遊している。桟橋には200Vも含め給電、給水ができる様になっている。桟橋の利用も電話一本で対応してくれ利用料は取らない。

この街は「尾道市」に属するが、地域外資本の存在も感じる。行政だけではできない。地域全体の魅力向上を図るためのしっかりしたプランナーがいるのだろう。いかにそのかわり様を紹介しておきたい。

これに対して、従来型からある当地の観光コンテンツ、前回寄った居酒屋の人気は陰っている気がする。観光客の種類が変わりつつある中で、これにうまく乗り切れていないという事なのだろうか。順に「耕三寺」、「向上寺」、昔からある地元常連で賑わっていた居酒屋。



2023年秋ショートクルーズ 「三原港」

毎年、春夏は約1ヶ月を費やしてのロングクルーズ(遠航)、秋冬はホームゲレンデの瀬戸内海のショートクルーズ、これは季節風の弱まる隙間を狙っての航海、2泊から3泊で計画することになる。

今年(2023年)秋冬ショートは9月に「岩城島」、その後は季節風の強まりをワッチしながら2度目のタイミングを見計らっていた。

 

今回のコースは「仁尾」→「三原」→(瀬戸田)→伯方島→「仁尾」とした。初日の11月21日以降3日間は、それまでの20mの季節風も止んで穏やかな凪になるという「Windy」の予報にもとずいて「仁尾マリーナ」を12時30分に出港した。海況は予報通り、全くの凪、艇速もいつもより落として20ktで、島なみに目をやりながら、時に動画撮影をしたりしてのんびりと巡航した。30マイル先の「三原港」(みはら海の駅)には14時15分(1時間45分)に入港した。使用料金は係船+陸電(200V)で19百円である。

 

 

「三原港」で指定された桟橋は、入り口から見て一番右端の陸側であった。ここには従来ある大型艇の常時係船場所であったが、現在海外に出かけてしばらくは日本に戻ってこないそうだ。ここだと、陸電ポストに近いので重い200Vケーブルの引き回しをしなくて済むので楽である。

入港に至る(上記一番最初の写真)には、左に緑ブイ、右に赤ブイを見て水路進入するのだが、水路途中に送電線がまたがっており、その高さは海面から17m、干潮時を狙って、さらに水路の端を選んで通過しても海面からの高さは20mギリギリである。、ヨットなら40fクラスまでの利用が良いところであろう。

前回来たのが、2021年秋であったから2年ぶりの「三原港」寄港である。明らかに、賑やかになっている。新規のホテルも稼働、新規の専門量販店進出もある様である。港から見える反対岸も明るい看板が増えた気がする。「三原」といえば、これまでは「タコ料理」推しで、至る所にタコのキャラクター看板が散見されたが、今はその看板より「うさぎ」推しに変わっていた。ここから出るうさぎの島「大久野島」を結ぶラインは「ラビットライン」とネーミングされていた。街の標語?に至っては「兎と兎と走ろう、明るい未来!」と書かれたポスターまであった。

「三原」は元々企業城下町として繁栄していた。よって、飲食店の層が厚い気がする。そして桟橋からいきなり街中の飲食手へのアクセスが叶うというのは、大分の「別府北浜ヨットハーバー」と似ている。

夜の食事はこの「庄六」にした。もう何度も来ている穴場とも言える「三原」なので港紹介の記事は十分書いてきたので、今日はこの店の紹介をしておくことにしたい。結論から言えば、これ以上コストパフォーマンスの高い焼肉屋はないと思う。2人で特上(この店は特上しかない)焼肉を満腹食べて、飲み物入れて1万円で釣りがくるのである。

この店のキャッチ風レーズは「肉が違う!タレが違う!値段が違う!」であるが、これは安くて美味いという意味である。今時、特上カルビ、ロース、はらみ皆九百円である。「なんでこれで儲けが出るの?」である。

 

▪️艇の燃料計表示反応がおかしい、表示はデジタル、でも機構は意外にアナログだった

前回のショートクルーズの際に「岩城島」で給油した。タンクローリーの油量計は650L、しかし、「HAPPY」(PONAM-35)の燃料計は「F」にならない。燃料は給油口から見えるところまで来ているわけだから、ローリー車側の燃料計に問題はない。見切り発車で海上走行すれば「F」表示に戻ったが、30マイル先の「仁尾マリーナ」に到着すればいきなり250L消費の計器表示。25ノットで約1時間、普通なら120L位の燃料消費のはずだ。そして上架すれば今度は、正確表示に戻っている。

航行時間と艇速がわかればおおよそ燃料消費量は経験でわかってはいるが、リアルタイム表示でそれを確認できないとなれば、長レンジの無寄港時の不安は否めない。そこで交換を決めた。

上写真で燃料計全体の様子がわかった。燃料計自体は燃料タンクの中に垂直に刺さるように浸かっていた。右側にのびているバーの先にある黒い物が「フロート」、これがタンク内の油面に浮かんでいるのである。当然、油面が下がればフロートが下がり、逆なら上がることになる。子供の時、トイレのタンクを覗いてわかった時に分かった感慨と同じである。「インパネでデジタル表示していても、基本の仕組みは60年変わっていないんだぁ」と小笑いしてしまった。はやい話、油面に伸びるアームバーの角度で燃料量を測っていたのである。

その角度を測る肝の部分を拡大したのがこの写真である。オルゴールの金属鍵盤の上とアームバーの接触点を電流が通った時、操舵パネルのデジタルメモリーに電流が流れるのであろう。この鍵盤のように並んだ金属接点と、アームバー(丸棒)の接触面積はわずかだろうと想像する。この接触装置の置かれている場所は燃料タンクの中、汚れ対策には程遠い場所である。

私が学んだ教訓は、操作パネル上の表示がデジタル(液晶)であっても、計測はアナログ、デジタルとは限らないということである。

 





 

 

▪️ゲルコート表面リフレッシュと窓ガラスのウロコ取りメンテナンス実施②(表面仕上げ段階)

本日(4日目)が、いよいよ作業最終日となった。作業が進むにつれ艇体がピカピカ、ツルツルになるので、全員がセーフティーハーネスを着用、フックを足場にかけて作業している。

最初に右側の「下地安定剤」を吹きつけて液剤をムラなく伸ばし広げていた。ここでもやはり足場が役に立っている。写真の2つとも門外不出の秘伝のタレのようで、いずれにも中身の説明シールは貼られていなかった。きっとオリジナルなんであろう。

「使差し支えないない範囲でこの二つの液剤について教えてくれませんか?」の私からの問いに「下地安定剤にはシリコンが入っている。シリコンとシリコーンは違う。シリコン自体はケイ素(ガラス)のことで岩石や土壌の主成分。環境負荷ゼロ。シリコーンはこれに有機化合物をつけて、潤滑油、接着剤、コーティング剤として使えるようにしたもの。当社開発の下地処理剤(右)は乾燥する過程で有機化合物の部分がほぼ揮発するようになっている。その後に仕上げ剤(左)でガラス膜を固定化する。仕上がり後は揮発による水はじきではないので親水コーティングと呼んでいる」との回答であった。ボートーショウに出展して、何度も説明をしているのでわかりやすい説明であった。素人向けにはこれで十分。

さらに下地安定剤と表面仕上げ剤には他にどのような成分が?どうやって調合しているのですか?」の問いかけをしたところ、「それは企業秘密!」と答えてはもらえなかった。自分でやる事はないので愚問ではあった。しかし、表面処理工程は半日作業なので、仕上がりの出来は、下地処理にかかっていると見た。

 

ウロコ取り効果も素晴らしい。上がって見ればFBウインドウは新艇時代のクッキリ感が甦り、PONAM−35のエンブレムがつけられる黒意匠の部分には撮影者の写り込みまでクッキリであった。ハルも指で擦ればキュッと音がする。全体仕上がりは期待以上でであった。

 

足場費用と処理剤を加えた原価にピーク3人、4日間、延べ10人日(3人×2日+2人×2日)の労働投入を行なって総額50万(除く消費税)、作業しながら「これは見積もりに入っていないが、サービスでやっておきます」ではあったが、本当に最初に合意した見積もり通りの請求であった。この処理の費用対効果がどのくらいとなるかは、もうすし時間が経ってからにしたい。(最低保証期間は1年、2〜3年に一回の更新が理想)

 

追伸

作業中に、マリーナに置く他の艇から引き合い打診がきたという。これで2艇目だそうだ。それにしても皆さんよく見ている。「足場組と磨き作業は、天気の週末を入れて行うべしですね」の問いかけに、彼はにんまりと笑って答えた。

これにて今回の「ゲルコート表面フレッシュと窓ガラスのウロコ取り」プロジェクトは終了となった。因みに、社長の愛艇は「VITE31(坪井造船)」、レース仕様であった。

 

▪️ゲルコート表面リフレッシュと窓ガラスのウロコ取りメンテナンス実施①(下地処理工程段階)

マスメディアで「失われた日本経済、デフレ続いて物価上がらず」という解説をよく聞いてきた。しかし、少なくともボート、ヨットにはこのデフレ圧力は当てはまらないと思う。例えば、私が乗っている「PONAM−35」の新艇本体価格は2016年が約58百万、それが2023年には約80百万、この6年間で約40%近く値上がりしている。もちろんこの価格には私が追加したオプション費用は含まれておらず、もし同じ仕様で2023年に発注すれば価格は1億を超えてしまうのではないかと思慮する。アマゾンで扱っているガラクタ類(大半が中国製)を見て安い!安い!と買っている間にその外では猛烈な価格上昇が起きていたということになる。

そのようなわけで、船齢7年目に入った「HAPPY」をもっと大切にしなくてはと思い、これまでのエンジン重点の整備に加え、ツヤを失い始めた感のある外観に「ガラスクリア親水コーテイング」(ウエビット社、高松)を施すことにした。

以下に作業手順、作業内容を記す。読者の皆さんのメンテナンスの参考になれば幸いである。

 

1日目:「足場組み」と「研磨剤入りシャンプー」を使っての洗浄

まずは「足場設置」となる。マリーナと事前に打ち合わせした場所(電源、水栓、駐車スペース、足場トラック搬入と荷卸場所)に艇をあらかじめ移動し、そこに足場を組んだ。この足場費用関連で10万はかかった。その後に「研磨剤入りシャンプー」を使って手洗い(エンクロージャー、ノンスリップを含むデッキ、キャビン廻り、パルピット等でハル部分はアルミ塗装なので除く)、家庭用高圧洗浄機(ケルヒャー)で洗い流し。足場があるおかげで隅々、特にFBの屋根、エンクロージャがよく洗えていた。

 

2日目:「下地処理」のための磨き

初日の洗い段階を経て、この日は番手の違う4本の研磨剤を使って磨く作業となった。「下地処理」である。3名の作業員が一日従事していた。報告によれば紫外線や雨の影響を強く受けていた箇所(例えばFB屋根)は「チョーキング」という現象を起こしていたそうである。別名「白亜化現象」とも呼ばれ、外表面を指で触って、顔料のようなものがつくことをいうそうである。これが起こると、顔料粉に埃、砂が混じって濃厚な雨垂れ跡を艇体に残すことになるので良く分かるそうだ。ただ洗えば良いという物でもないらしく「原因を断たなければ駄目」とは社長の弁であった。

また、PONAMー35の場合、サイドの黒い意匠部分の表面ツヤ劣化が最初に起こることになる。同型艇に出会う時、新艇でない限りこの部分から表面ツヤの後退が起こっている。大体3年目ぐらいからだが、市販のワックスでは艶が戻らない。そこが、下2枚写真のように綺麗に復活していた。しかし、このあと「表面処理」してどのくらい持つのか、気になるところである。

 

3日目:「ガラスについたウロコ取り」


艇体の磨きが終わったので、それらを一旦洗い流した後、今度は「ウインドウについた水垢ウロコ取り」作業が始まった。実はこのウインドウ作業が一番厄介だそうで、「研磨の摩擦熱が発生するため、温度が下がり切らない前に水を掛けるとガラスが割れてしまう」のだそうだ。この作業、FB屋作業をじっくりやるには、足場は必須だと思う。

作業工程はこれまでの3日間をもって、いわゆる「洗浄、磨き」といった下地処理工程が終わる。続けて最後の表面処理工程に移りたいのだそうだが、塗布後24時間の完全乾燥を経て最終磨きを行うプロセスだそうで、天気予報を睨んで2日間連続雨なし期間を待つことになった。

次回は、その工程を披露したい。

▪️ミキシングエルボー定期交換(1,000時間)!

「HAPPY」(PONAM-35)の船齢も7年目に入り、左右エンジン(アルミ合金性、M1VD-VH,370HP×2基)のアワーメータも「2023年対馬五島列島クルーズ」を終了して1,000時間を超えた。アウエイの長期クルーズが中心なのでクルーズ先での艇トラブルは命取りになると考え、日頃の整備はメーカー推奨通りに行っている。その為、戻ってからは、上架して整備にあたっている。ヤードに軽トラを持ち込めない週末を避け、かつ一回に3〜4時間程度の滞在となるので、1ヶ月かけてもまだ終わらないが、このペースだと良い気分転換になる。

今回の定期メンテメニューの中には「ミキシングエルボー」の交換が含まれる。メーカーが500時間毎の交換を推奨しているからである。「ミキシングエルボー」は3つのユニットから構成され、組み立てたユニットの真ん中の黒くなっているところが排気ガスの通り道、そのパイプを下写真の様な形で囲んで一体成形物として仕上げてある。そこに冷却水として取り入れられた海水を通す道をつけることで、高温の排気ガスを冷やすという構造になっていることが実視できた。

アルミ製エンジンとはいってもここは鋳物素材で作られている。発電機(オナン12kw)にも「ミキシングエルボー」がついているが、これはステンレス製であった。ステンレスの耐久性が鋳物に勝るのは当然で、2,000時間回してまだ一度も交換していない。

この海水が通る穴(スリット)と排気ガスを通るパイプ間の肉厚は冷却効果を考えて薄くなっている。本当は使用環境を考えて厚く丈夫にしたいところだろうが、それでは排気ガスを冷やすという目的が果たせなくなってしまう。

排気ガスには軽油に含まれる硫黄成分が混じっているが、高圧、高温の環境下では硫酸の結晶と化してパイプ内面にこびりつくことになる。そして、それが悪さをして硫酸による腐食が進むのだそうだ。その安全許容度が500時間なのであろう。実際にはこれには安全率が付加されているのであと100時間ぐらいまでなら大丈夫な気がする。

開けて排気ガスが通るパイプ内を注視したのが下記写真である。やはり、まだ腐食穴あきまでまだ相当時間的余裕があると見た。

 

「だったら、穴が空いてから交換ではダメなのか?」と問えば、いつものメカニック曰く「仮に穴が空けば、高温の排気ガスがエンジンルーム内に漏れる、あるいは海水がパイプ内に入り込み、高熱で結晶化反応を起こして、ターボユニット、シリンダーユニット等に付着し、最悪エンジン自体がお釈迦になる。同時に高温度の排ガスがエンジンルームに充満すればセンサーが反応して泡消化器が作動してしまう。その後の掃除は大変」との事だそうだ。つまり、そのリスクを想定すれば、「ミキシングエルボー」の定期交換はお得な判断というわけだ。

毎回、この手の問答をメカニックと行い、納得して外見的には新品同様に見える「ミキシングエルボー」の定期交換をおこなっている。

因みに、費用は概算で工賃も入れて100万(2基分、前回も同様水準)ぐらいである。これだけではないが、最近は「HAPPY」のために私の余命があるように思えてきた。昨今は私のメンテナンスが疎かになりつつあるので、どうやら「HAPPY」の方が長生きしそうである。思わず苦笑いであった。

 

 

2023年初夏クルーズ、身体、艇体無事に「仁尾マリーナ」帰還!

朝、7時15分に「上関室津」地域に強風波浪注意報の発令があったが、その同じ時間に出港した。注意報であってもその影響はまだ本格化していないと考え、さらに「Windy」をチェックすれば、「松山」手前までは南8〜10m(追い風)、波高1m、その後は静穏、ベタ凪の予想となっていた。目的地は「大三島宮浦港)」としていた。「上関室津」から「仁尾マリーナ」までは約90マイル、一気に走り抜けられる距離であったが、静穏な「大三島」泊地でクルーズ終了に備えての事前片付け、残った食料の消化などをするためにそう計画していた。

海況は出ていきなり南8〜10m、完全な白波状態(向かい波→横波)、「大丈夫かなぁあのヨット?」と思って、先に出港して行ったクルーザー(ティーダ)を探した。そのオーナーとは「上関室津」で親しく話をさせてもらったからである。「あっ、発見!」強風白波の中、なんとしっかりメインを上げて帆走しているではないか。28fには少しきつい海況であったはず、きっと船上で奮闘中であろうと想像した。ディンギー乗りとしてスタートした私にとって、強風下の帆走は青春そのもの、海水をかぶりながらの操船シーンが目に浮かぶ。「頑張れティーダ、でも今以上に屋代島に吹き寄せられると危ないぞ!」と、1人遠目に応援コールかけて先を急いだ。

 

松山の「興居島」を通過するあたりから写真のような凪状態になった。「ティーダ」が行くと言っていた謎の島「野惣那島」を確認した。そして、見回せば何やら釣り船が多く出ているなぁと思っていたら、この週末が連休であったことに気づいた。連休にこの天気、海況であればきっと次の目的地「大三島」泊地は混むだろうと考え、このまま一気に「仁尾マリーナ」に向かうことにした。西から戻るロングクルーズの時は、いつも最後の泊地候補となる「大三島」「弓削島」「岩城島」いずれかへの立ち寄りを結局飛ばすことになることが多くなってしまう。里心と言うやつであろう。

ホームポートである「仁尾マリーナ」手前の海面に近づくと、梅雨明けを思わせる青空の下、いつものメンバーがいつも通りヨットを走らせているシーンが目の前に広がった。思わずホッコリである。しかし、見とれているあまり、マリーナ前の定置網の存在をすっかり忘れ、慌てて転舵して我に返った。

結局、88マイルを3時間30分で走り切って、晴天夏日の「仁尾マリーナ」到着。これで2016年来続けてきたロングクルージングをこれまた8年連続で身体、艇体無事で満了することができたことになった。

追伸

これからは、私にとってのオフシーズンとなる盛夏がもうすぐやってくる。まずは頑張ってくれた「HAPPY」艇の感謝メンテナンス、そして拙宅の草刈り、オリーブ農園の手入れをしっかり終わらせ、その後も草刈りを続けながら、合間にテンダーで遊んだり、近くの入江にアンカリングして泳いだりする、そんなマリンライフを楽しむつもりである。