ボートで行くクルージング三昧

ホームポートを瀬戸内海に移してクルージングを楽しんでます

「六島」にまた行きました

冬でも、日を選んで毎月1回は島巡りショートクルーズに行こうと思いながら、今月も下旬になってしまった。時間に余裕があるはずなのに、毎日あれやこれやと雑事に押されてしまうものである。いつでも行けるという気持ちが、予定をずるずると押してしまうのかもしれない。

明日28日(土)は、8メートル程の西風が吹くらしい。金、土、日の2泊3日クルーズはこれで無理になった。行くなら今日金曜日、もしくは日曜日しかない。近場で日帰りでも行こうと思い立ち、先月に行った「六島」に再チャレンジしてみようと考えた。


実は、先月に行った時の「六島」は、 雨雲が低く立ち込めていて、雨上がりで島全体が湿気で陰気。まるで映画「獄門島」の雰囲気に気圧され、上陸せずにUターンして、そそくさと仁尾マリーナに折り返したのであった。
cruisingzanmai.hatenablog.com

しかし、今日は違う。冬の晴れた日のなぎ、フライブリッジには日差しがいっぱいに差し込み、温室状態で気持ちいい事この上なし。これは「六島」リベンジクルーズに行くしかない!と思い立ったのである。
今回、この島を訪ねる大きな目的は、前回叶わなかった「六島浜醸造所」を訪ねて美味しい地ビールを飲むことである。仁尾マリーナのT艇長に教えてもらってから行きたいと思っていた。

前日、電話して予約(正確にはお店が開いているかの確認)しておいた。笠島とを結ぶ通船が1日4便、この桟橋を使う。海を背中に右側なら着けても大丈夫との情報を得ていた。トイレは通船の待合小屋の中にあって24時間使える。

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瀬戸内海の島々には、離島振興 もあってか立派な浮き桟橋が小さな港でも用意されている。ここ「六島」の人口は約60人、それでもこのクラスの桟橋が確保されている。域外から瀬戸内海に来て島巡りクルーズをするなら、最初は海の駅、慣れてきたら一般漁港、通船桟橋の利用と係船候補地を広く捉えると、更に楽しくなる。クルーズを続けていると、着けて良い港か、舫うならどこが許されるか、念のため挨拶するならどこでしておくべきか等が感覚的にわかってくる。

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「六島浜醸造所」では、3種類の地ビールが飲めた。価格は全てワンコインの500円。オーナーのI氏によれば「岡山の飲食店向けの樽詰生ビールが主たる売上、個人相手だと地元の常連達が大半、この島に来る観光客はあまりいないので、製造直売所の様なもの。あまりお構いできない」それでもこのさりげない店構えに感心していると、全て手作りとの答え。なかなかセンスが良い。

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「ゆっくりされるなら、つまみ持参でどうぞ。私はその日、仕込みで十分なおもてなしができませんので…」との言葉に甘え、艇から持ち込んだオーブンでピザを焼きながら、しばし、至福の時間を過ごす事ができた。仁尾マリーナから、わずか30分の移動でこの様に美味しいクラフトビールに出会える。悪くないですね「六島」。

「真鍋島」は映画「瀬戸内少年野球団」のロケ地です

本日も秋晴れ。クルージングは海況が良ければ、風は少し冷たいが日差しは暖かいこの季節が最高だと思う。今日は、「北木島」楠港から「真鍋島」岩坪港まで行くことにしている。「真鍋島」は目と鼻の先の距離である。

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北木島」楠港を出発して15分ほどで、「真鍋島」岩坪港に着いた。手前の赤い桟橋は通船が使用する桟橋だが、運行の間隔が長いため2時間ぐらいの島観光なら利用しても迷惑がかからないと思われる。それでも、万が一、臨時便が来てもまずいので港入り口、入ってすぐの防波堤に着け、いつものように艇に名刺を貼り付けて島観光に出かけた。徒歩圏に2ヶ所、綺麗に掃除がなされているトイレを発見、同時に給油の可否もチェックしたが、これは無理そうであった。

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こちらは、「真鍋島」の表玄関ともいえる本浦港の公共桟橋。岩坪港から歩いて15分ぐらいのところにある。こちらの通船の時刻表を見るとそれなりの便数があり、ここに着ける事はできない。どうしてもと言うなら、桟橋のトイ面にある「漁火」で食事をすれば店が所有する「漁火丸」に横抱きさせてくれるとのことだった。

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この「漁火丸」に横抱きして着けるとは事前に聞いていたが、この港には漁船が沢山係留されて空きスペースがほとんど無く、外来艇の利用は想定されていない。それ故に昔の漁師町特有の怖さ(プレジャー艇排除)も感じられ、入港するのは避けたほうが良いと思った。

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こちらが、「瀬戸内少年野球団」のロケ地、笠岡市立真鍋中学校。昭和24年に建設された木造の校舎は現在も現役で使われているとのこと。本日は月曜日の平日で、運動場には運動着を着た生徒が5人ほどと先生1人が体育の授業中。見学は無理だなと思ったのも束の間、「入って結構ですよ」と体育の先生に声がけいただいた。
校舎の中は、コロナのご時世のため見学はできなかったが、写真を1枚撮らせていただいた。ひょこり顔を出されているのが、校長先生だと思われます(笑

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真鍋島に行ってみようと思ったきっかけは、私が所属している地元自治会だけでも「真鍋」の姓を持つ人が多くて、どうやら香川県には「真鍋」姓が多いらしい。さらに、ネットで調べてみると「敏達天皇を始祖とする井出左大臣橘諸兄の次男諸方系統の橘遠保の子孫は、保元年間にこの島に廃流され、名も真鍋(当時の地名)に改めさせられた。真鍋姓の歴史はこの島、この時から始まった」との記載があった。

実際に真鍋邸の本家を訪ねると、小さな島故に館も庭も狭く、生えている樹齢約250年の「ホルトノキ」(写真)がやたら大きく育っている。人の住んでいる気配はない。それもそのはず、真鍋本家はすでに絶えてしまい、今は建物自体が文化財として公開されているだけだ。中も見る事もできない。「真鍋を名乗る人はほとんどいない」と、島の古老から聞いた。地名の由来を調べると「笠岡諸島の真南の辺りの島、だから真南辺→真鍋」、地名はこんな風に決まっていたようである。

 

「北木島」は島全部が御影石です

木これまでのクルーズは長距離中心であったので、この10月は近場の島々を訪ねることにしている。艇、特にペラに付着するフジツボ対策のため、またそろそろ出航したいと思い始めた。紅葉の時期になるが、今年も暖冬のせいか瀬戸内海にまだ紅葉の便りを聞けていない。厳島の紅葉は、11月中旬位になると思われるので、今回も近場の島々(北木島と真鍋島)を1泊2日で訪ねることにした。

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北木島」は、ホームポートである「仁尾マリーナ」から北に向かって約40分(25ノット)の所にある、北木石(御影石)で知られている島である。人口は800人程度あるため、人の動きも島内を移動する車の動きもそれなりにあった。これだけの規模なのでGSは勿論あった。ただし、第一、第三土曜日は1430まで、日曜日は全て休みである。

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北木島」でプレジャー艇が利用できる泊地は、島北側の豊浦港(正面は白石島)にある海の駅(ケーズラボが管理)と、東側の楠港(正面は真鍋島)の2カ所となる。前者は有料で一泊3000円(30f以上、以下なら2000円)、後者は通船桟橋の空き利用だが、地元自治会が清掃などを担当している関係から一回千円の協力金(利用料)が必要となる。ただし、連絡先の表示がなく、通船が来る時間帯になると現れると言った次第である。

管理人のk氏は翌朝、630の発着便時に現れたが、この日は病院船が来るとのことで興味が湧き暫く止まった。たった3人の楠集落のお年寄りの乳がん検査のため、この船が来るのである。乗組員に聞くとこんな感じで、島々を回るのだと言う。この診療船「済生丸」を舞台にしたTVドラマが「海の上の診療所」(松田翔太主演)として2013年にフジTV系で公開されていたとk氏から聞いた。帰ったら、Uチューブで見てみよう。

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私は「ユーコーマリン」を一度訪ねてみたかったので、訪問に便利な東側の楠港につけた。係留場所は写真のとおり、桟橋と堤防に挟まれた狭いスロットであった。水深は3.8m(干潮時)確保されていたので、堤防側に寄り過ぎなければ安全に着けられる。ちなみに施設的には何もない。最寄りトイレは大浦港まで歩いて30分、豊浦港まで40分かかる。一応、k氏には他の島桟橋利用の状況を伝え、連絡先の表示とトイレの設置をお願いしてみた。

 さて、島を5時間かけて歩いて散策したので、以下に簡単な紹介をさせて頂きたい。

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これが「ユーコーマリン」の北木島本社。残念ながら、この日は日曜日だったので店内に入ることはできなかった。

北木島」は高度経済成長時代、新幹線、高速道路工事といった大規模インフラ工事で使用される石材を賄うため、石材事業者が200軒近くあったようだが、今では本格的な石材事業者は1軒のみとなっており、廃業した石材加工場跡がそこら中に残されている。恐らく、「ユーコーマリン」はその石材加工場跡を改修してロフトにしたものと思われる。きっと大型クルーザーのセールも一面に広げられるほど中のロフトは広いと思われる。

 

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ここが豊浦港の「ケーズラボ」。この施設前から見える赤い桟橋(徒歩3分)が海の駅桟橋となる。利用料はこの施設内の券売機でチケットを買って受付窓口に出す。観光をしたいのであれば、レンタル自転車をここで借りることができる。「北木島」は想定より大きく自転車の方が楽しめる。また、施設の中にある「ストーンミュージアム」(600円)に入れば島の歴史がよくわかる。

 

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島はどこも表層を剥がせば、その下は御影石となる。実に御影石でできた島と言える。石切場は「丁場」と言われ、放置されれば雨水が溜まって池になる。コスト的には、表層を剥がすより、地中深く掘り進んだ方が安いので「丁場」は海水面より深くなりこともしばしばで、地下数十メートルに及ぶと言う。尚、北木島で産出された御影石日本銀行本店、日本橋三越本店靖国神社の大鳥居などに使われている。今は、高級墓石として使用されているらしいが、将来は決して明るくない。

 

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おそらくこの島では、木より石の方が安いのかもしれない(笑)

「志々島」は映画「寅次郎の縁談」のロケ地です

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マリーナに行って見ると、僚艇K氏が「志々島」に向けて出港したとの話を聞く。この島は「男はつらいよ 寅次郎の縁談」(1993年公開の46作目)のロケ地。「男はつらいよ」全シリーズに中で私の最も好きな作品である。満男(吉岡秀隆)が就職活動が上手くいかず、やけになって父である博(前田吟)と大喧嘩して夜汽車に飛び込み、行き着いた先が瀬戸内海に浮かぶ「琴島」であった。実際には、この「志々島」とすぐ近くの「高見島」の2カ所で撮影して「琴島」に仕上げてある。映像のつなぎ方が大変巧みで、本当に1つの島に見える。寅さんがさくらに頼まれて満男を迎えに行くため、フェリーに乗って上陸する桟橋も、満男が寅さんに発見される堤防も、島の診療所も、そして診療所に船でやってくる若い看護婦と満男が歩き、語りあった場所もほぼそのまま残っている。

そんな「志々島」だが、工事中の桟橋がこの程完成した。これにあわせて島内唯一のカフェ「くすくす」もリニューアル、2018年の大雨で崩れた「利益院」の法面も補修され防水青テントも取り払われたと、地元スーパー「ピカソ」で偶然会った島在住のY御夫妻から聞いてもいたので早速、桟橋にいた仲間も誘って行く事にした

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「志々島」は「仁尾マリーナ」からは、荘内半島(三崎半島)を交わしてボートなら25ノットで約45分程度のところにある。港は1つしかなく、面する詫間湾は西側を庄内半島に北側を粟島に挟まれているため、海面に立つ波はいつも小さい。よって、かつては水上機飛行艇で構成される詫間海軍航空隊の海上滑走路でもあった。今は瀬戸内海を走る本船の台風避難錨地として利用され、台風接近となると連合艦隊集結の様相をなす。

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到着して、あまりの立派さに驚いた。住人はたった20人、訪れる観光客もそれほどでもないのにこんな本格的な桟橋。島としては何十年も簡易桟橋で我慢したのだから、当然といえば当然かもしれない。この桟橋の反対側はフェリーが着くので空けておく必要がある。(1日5便くらい)

天気の良い日に頂上にある樹齢千年大楠を見がてら島ウオーキング、このぐらいの時間なら問題なく利用できる。

f:id:bentenebis:20201017173001j:plain海上タクシーが着いている手前の桟橋が今までの簡易桟橋。これを何十年も使ってきたが、最近は老化がひどくなっていたと聞く。寅さんが満男を迎えにフェリーで上陸した桟橋でもある。その向こうが新しく完成した桟橋で、水深は干潮時で3.5mあった。50fのサイズでも着けられる桟橋長だが、水深面で大型ヨットはギリギリであろう。

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干潮時の港内の様子。江戸時代の終わり頃から「金のなる島」とも呼ばれ、約千人の人々がこの島に住んでいたそうだ。その時代海運、漁業で活況を呈したと聞くが、今は空き家と廃屋だらけの寂しい島になっている。護岸工事はなされているが、砂が溜まり中に入るのやめたほうが良い。

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ここも「両墓制」の島。写真は埋め墓の様子。かつてはこの場所に土葬し、当面の目印としてこの様な手作りミニ掘立小屋を置いた。この家を観光パンフでは死者の家と紹介していたが、うまいネーミングと思う。大きさが皆ミニサイズなのでガリバー旅行記の小人の国を思い浮かべ、保存整備に力を入れればもっと可愛く見えるだろう。昔の「土葬埋葬地」と聞いてびっくりした思い出がある。石塔のような恒久構造物を置かないのは、共同埋葬地なので、特定の家で特定の場所を占有しないという暗黙のルールがあったからだと言われている。お参りする時は山の中腹にある「利益院」に別途設けた墓(詣り墓)で菩提を弔う。

唯一のカフェ「くすくす」は桟橋から徒歩3分の所、看板が出ているのですぐわかる。行ってみたが、やはり鍵がかかっていた。残念!

「六島」は、映画「獄門島」のロケ地

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上架して船底の完全清掃、防染塗装が剥がれていた所の再塗装が完了したのが一週間前、その後桟橋に係留したが、水温はまだまだ高いので船底へのフジツボ付着が気になって仕方がない。高速で走るボートはフジツボが付くと走行性能ががグンと落ちるからだ。。そこで、水温が下がり切る10月いっぱい、一週間に一度の走航を自分に義務付けることにした。

今回は「六島」往復、片道30分、往復1時間のコースである

 この島を選んだのは、映画「獄門島」(金田一耕助が登場する横溝正史推理小説を1977年 市川崑監督、石坂浩二主演)のロケ地であったと知ったからである。映画で使われたテーマミュージックが頭に刷り込まれるようで、忘れられない映画になった。

瀬戸内海をホームグラウンドにしている私にとって、映画に瀬戸内海の島が登場すると、その場所がどこなのか気になって仕方がなくなる。海の景色、遠望の島陰を見てロケ場所(島)を当てたくなる。

この映画では「六島」を架空の「獄門島」に仕上げるため、外観は鹿児島の離島や西伊豆の断崖絶壁、神社は伊豆、街並みは笠岡、福山といった具合にたくさんのロケ地を複合して仕上げてある。それでも、映画冒頭で金田一耕助が「獄門島」に通船で上陸するのは「六島の前浦港」である。

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これが「前浦港」、正面に見えている緑色塗装の桟橋につけることができる。ここには「笠岡」と「六島」を結ぶフェリーが着くが、その本数は1日4便ぐらい。最終便(1730)が出てからは朝一番便(0745)までは誰も利用していないと思われる。海から向かって右側につけられる。それにしても、今日の「六島」近辺は暗い。雨が今にも降り出しそうな曇り空に島上が覆われているからであろう。

「前浦港」を囲む堤防の間を抜けて中に近づく。近づきながらまず目に入るのが、桟橋正面奥の墓地。埋墓(うめばか)の上に後日、墓石を建てたらしく石塔が全体的に無秩序に並んでいて不気味に見える(この辺りの風習として両墓制というものがある)さらに左側に白壁に赤い柱、屋根が緑の建物が見える。なんの施設であろうか。白壁に赤柱なら神社、でも鳥居がない。新興宗教?やっぱり寺?納骨堂?。山に目をやれば斜面にたくさんの家並み。家々にまだ使われているオーラが残されており、人はそれなりに住んでいるに違いない。しかし、人が全く歩いていない。とにかく動いているものが何も無いのだ。

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 左に目をやれば、今度は船台に乗った真っ白な大型ボート、それもかなり大きい。なぜ?塗装の感じからすると放置された廃船ではなさそうだ。 この島にバブル期の象徴のような大型パワーボート。島の雰囲気とこの艇の組み合わせが、いかにもチグハグ。変だぞと思いながら、恐る恐る桟橋に向かう。水深は充分確保されている。

「獄門島」の映画の釣鐘のシーンが頭に浮かぶ。なんだか怖くなってきた。この桟橋で船中泊はあまりしたくはないなぁ、特に雨の日は…。 そんな自問自答を繰り返しているうちになんだか寒気がしてきた。それで、桟橋に舫(もやい)も取らず、上陸もせず、その場で回頭。逃げるように「前浦港」を後にしてしまった。

次回改めて「六島」に行くなら、明るい晴れた日を選ぶつもりである。もっと言えば、夏が良い。そうすれば「六島浜醸造所」の手作りビールがさらに旨くなる。島内探索も楽しいだろう。今回の様な雨上がり、今にも降り出しそうな暗い雲りの日、寒い日にはあまりお勧めはしない。

 

黒カビ発生のデッキ目地を交換

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デッキのシリコン目地に付いた黒カビをとるのは、なかなかやっかいなものである。表面が硬く水を弾く素材に黒カビが発生した場合は、「カビキラー」、「キッチンハイター」が有効である。しかし、艇に使われる目地材は接合部での水密力を担保するため、シリコン樹脂が使われる。これに黒カビが付着すると、その菌はシリコン樹脂奥深くに入り込み漂白剤では取れない。私の艇でも上記写真の示す通り、白地の目地は黒地の目地と化してきた。

これを整備のO氏に照会すると「目地を全部剥がして新しくやり変えるしかない。シリコンシーリングの材料は千円もかからないが、養生作業に手間がかかり請求額がそれなりの金額になってしまう。自分でやるのが賢明な判断」との御託宣。

ということで、「コウナン」で事前に揃えたのが下の写真。あとこれにヘラが加わる。

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 両舷全部で8時間の作業となった。内訳はシリコン目地剥がしと、剥がし後の掃除で7時間、ほとんど全ての時間が養生作業となった。これに対しシリコン注入と表面処理(ヘラよりも指の方が簡単という人もいる)はわずかに1時間、材料費はシリコンシーリング剤2本とメンディングテープ(実際に使用したのは2本)の合計千円しかかからなかった。

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 仕上がれば目地が真っ白、掃除好きの私にとってこの上のない満足。遠目ではまだまだ綺麗だが、近くで見れば、水洗いでは取りきれない汚れも散見され、紫外線による艇体上部ゲルコート部分の退色、変色も気になり始めてきた。船齢4年の為せる所、致し方ない。

 

 

 

POMAM-35(アルミ艇)の海上係留を再び考えてみる

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2020年9月の連休も終わり、マリーナはいつもの静けさを取り戻してきた。私はこの7月、8月のコロナ禍の中にあっても、行く先を選んで瀬戸内海クルーズを行なったが、稼働日換算ではわずかに10日にとどまった。この3年で最も少ない稼働となった。考えれば、今年6月から海上係留に切り替えたので、4ヶ月近く海上係留艇として桟橋にじっと浮かんでいた事になる。船底の汚れは気にはなっていたが、この6月に新規に船底塗装(ハル塗装、防染塗装)して桟橋に繋ぎ4ヶ月しか経っていないので、それほどではないだろうとたかを括っていた。

本日、来週からの10月秋クルーズに備え、事前のテスト走行をしたところ、3,000回転あたりから振動が発生し、艇速、回転数共に上がらなくなった。これまでの経験からペラに何かがひっかっているに違いないと判断、早速帰港して上架してみたところ、上写真の如くペラにフジツボが付着、この状態はフラップ、船尾の外付け振動子、バウスラスターペラ、排気管出口にまで及んでいた。正直、フジツボの付着は私の想定以上、これには驚いた。

「このペラに付いたフジツボこそが振動の原因」と、駆けつけた整備のO氏が指摘、その結果、この週末は船底清掃をしなければならなくなった。その後は整備に引き渡して、剥がれた所の再塗装をお願いする事になる。秋クルーズのスタートは最低でも一週間は延期となる。クルーズから戻った後の艇保管をどうするかだが、海上係留を続けるか否かは考え直すかも知れない。実際、船底のフジツボ剥がしは、かなりの切り傷出血を伴うことになるので悲惨である。そうなら無いためには、今までの様に毎度上架して洗う方が、フジツボの付着の量も少ないし、第一直ぐに取れる。

さてここで今考えていることを整理してみた。やってみて分かったことだが、アルミ艇であるPONAMの常時海上係留は、かなりの覚悟を持って決めたほうがよさそうである。実体験して初めて分かった覚悟とは以下の通り。ただし、ここまで体系的にアドバイスをしてくれた人はいなかったがこれは致し方がない。何しろ、当マリーナにはアルミハル艇は一隻しかないのである。それで、全国に散らばっているアルミ艇オーナー諸氏のために共有しておきたい。

①銅イオンフリーの防染塗装の限界

アルミ艇の船底塗装(ハル塗装、防染塗装)にはいずれも銅イオンフリーの塗料を使うが、これは電触リスク軽減の為。「その分防染効果が悪くなる。FRP艇ではそのような事はない」とは、今日この事態になって初めて聞かされた。初耳である。しかし、そもそも、今年計画していた約2ヶ月の日本海クルーズのために船底塗装を新たにしたので、これは致し方ない。何しろ、寄港を計画した港は北前船が立ち寄った港で、上架施設のあるマリーナではない。これまでの経験からは(今年のようにコロナ禍で)長距離、長期間のクルーズをしないなら、あるいは乗艇が日帰り、週末スタイルならアルミ艇の場合、船底の維持管理がFRP艇とは違いデリケートなのでに陸置保管の方が良いと思う。

 ②それでもアルミ艇を常時海上係留するなら、防染塗料は自己研磨型にして夏は週一走行

海上係留するなら自己研磨型の防染塗装は必須となる。ただし、ベタにずっと桟橋に繋ぎっぱなしはダメである。銅イオンフリーなので防染効果は弱いので、水温の高い夏なら、1ヶ月桟橋にベタずけすれば船底全体を覆う様にノリ、フジツボがつく。そこで、「1週間に一回、海上に出て高速で走ると良い。そうすれば自己研磨型であるが故に塗料とともに汚れも一緒に剥がれていく。それでも、エンジンの海水取入れ口、トイレの排水口、船尾フラップの稼働部分などに付いたフジツボは残ってしまう」とは整備担当のO氏の助言。一方、ペラ、シャフトの塗布されたペラクリンは絶大な効果があった。ただし、高速で走るパワーボートの場合、軽微な浮遊物にでも当たれば、塗装は直ぐに剥落し、そこにフジツボがつきやすくなる。夏ならこれもハル同様、ベタずけ1ヶ月でペラ振動が発生し、船底のフジツボも加わって回転数もスピードも上がらなくなる。ギヤ比が低いPONAM−35なら尚更である。

③マリーナ契約は、船台確保の視点で見直し

そうなると、マリーナとの契約も合わせて考えたほうが良い。「海上係留契約し、さらに陸置時に使っていた船台の保管料を払う」というやり方が良い様である。私もそうしている。経済面では少々コスト高になるが、特に夏シーズンは船台の確保が難しくなりやすいのでこうしたほうが良い様である。(船底塗装するに際しても乾かしながら多重塗りをするので、雨でも降れば船台使用期間が延びてしまう)

④時間的にも距離的にも長く乗らないオーナーなら、船底塗装なしで陸置保管がベスト

PONAMで海上走行している時は、いつもながらアルミハル性能に魅入ってしまう。荒れた海上では尚更である。しかし、これはこだわりであって、その分維持に手間がかかる。費用も当然かかる。これが嫌なら、普通に堅牢に作られているFRPハル艇で十分である。それでも、アルミハル艇を選択するなら、陸置保管がベスト。全ホームポートの佐島マリーナではそうしていたので、船底塗装も不要で、メンテの問題も全くなかった。

話は横にそれるが、堅牢の定義だって、構造設計のプロでない限り正しくは分からない。衝撃音と振動だけで議論しているのが実情である。衝撃、振動とは荒天時の向かい波の中、艇が思いっきり叩かれる際のあの衝撃音の事である。この音を聞くと、艇体に亀裂が入ってハルが割れているビジュアルを一瞬頭の中に浮かべてしまうのである。嫌なものである。衝撃をアルミ超合金の硬性力と構造材で分散させるPONAMと、面全体で分散吸収する構造材のあまり入っていないFRP艇とでは衝撃音も振動も違うのは当たり前。

瀬戸内海をちゃちゃっと走るくらいなら、FRPハルに銅イオンのたっぷり入った船底塗料を塗って海上係留して、浮かぶ別荘として楽しむ幅を持ったほうが正解という考え方にも一理ある。

船底塗装の結果は以下の通り。

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このブログを読んでくれていたトヨタマリンのO氏から昨日、以下の回答があった。

「アルミハル海上保管の弱点は御察しの通り塗料の限界です。…… 近年は特に海水温が高く2週間ボートが稼働しないと徐々に貝類が成長して抵抗が大きくなります。夏場快適な走行を楽しみたいなら、水温が上がり始める5月下旬から6月に一旦上架して、都度ごとに下架をお勧めしています。業務船で多数使用されているアルミ艇は季節に関係なく、通年で稼働しており貝類が付着しにくいので、度々の上架整備を行うことはありません…」

 

 

 

 

 

 

 

オーナー専用のテラス席誕生

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 仁尾マリーナ2階にヨット、ボートのオーナーが使える専用席がこの程設けられた。当マリーナ運営上の画期となる出来事である。一般に国体がらみでヨットハーバーが作られ、その後一般に開放される、所有が自治体で運営が民間委託という形のマリーナには、大いなる首かせがはめられている。かつての国民宿舎を思い出して欲しい。公共施設という名のもとに利用者を顧客と捉えず、顧客満足のための柔軟な対応は公平性を書くという美名のもと、規則ファーストに徹するあまり働く職員のサービス業としてのDNAを消し去ってしまった。結果は、皆さんご承知の通り、顧客ファーストをルール破りの面倒な利用者に対する不適切な対応と捉え続けた国民宿舎は今はもうない。

その意味で、公共施設である仁尾マリーナが県民のためでは無く特定オーナーの為だけの専用コーナーを堂々と設置したのだから、本当に運営面においての画期と捉えてもよかろう。間違えてはなら無い、マリーナが賑わい繁栄することが周り回って県民負担の軽減を生み出すのである。これこそが、公共施設の理想的姿のである。それにしても、この一年のマリーナ改革は凄い。桟橋入口にはセコムのセキュリティカードが導入され、200Vの給電が標準化、台風対策としての桟橋にチェーンによる新たな固定方式の付加、これをこの1年でやり遂げている。

だだし、これらはいずれもが設置して責務完了というハード、設置すれば後の対応はいらない。しかし、今回のオーナー専用施設は単なるハードウエアで終えては2階のレストランを利用する一般利用者から誤解を受けかね無い。マリーナ側の対応も問われる。折角の画期的施策なのであるから、専用コーナーをどう活かすかもあわせて考えて欲しい。今後に期待したい。

 

クルーザーボート(ポーナム35)の泊地情報(九州、四国、瀬戸内海)/入港経路(2019)

2019年にクルーザーボート(ポーナム35)で訪れた泊地情報/入港経路の情報をGoogle Mapにまとめてみました。

 2020年の泊地情報/入港経路情報は下記からどうぞ↓↓↓

cruisingzanmai.hatenablog.com

クルーザーボート(ポーナム35)の泊地情報(瀬戸内海)/入港経路(2020)

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