ボートで行くクルージング三昧

航海ブログ10年。訪れた港数は130を超え、寄稿記事も500に近づきました!

2026「四国周遊クルーズ」、510マイル、14泊15日の旅、ベストは「久礼港」でした!

最終日となった6月17日水曜日は、10時10分に「みなみあわじ・みなと海の駅」を出港して、一路ホームポートの「仁尾マリーナ」を目指した。港を出る前に艇の洗面所、シャワールーム、トイレ、キッチンなどの水回り、寝室、キャビンの清掃を終わらせてた。この桟橋ではいざという時、水道がホースで取れるので、清水タンクの残量を気にせず洗いができる。こうすることで、帰港後、直ちに上架、ヤードに持ち込んだ軽トラに荷物を移してさっさと自宅に戻れるからである。

ホームポートが自宅から遠かった時は、上架後に続けて水洗い、船内清掃をしなくてはならなかったが、今は10分ほどで自宅に帰れるので、まずは帰って一息つくことを最優先にしている。その後、「無理せず日を改めてマリーナへ」というスタイルになる。

当初の計画では「小豆島」にもう一度立ち寄ってのんびりと帰る段取りであったが、冷蔵庫の食料もほぼ底をつきかけてきたので一気に走り抜くことに変更した。「淡路島→小豆島」、「小豆島→瀬戸大橋」、「瀬戸大橋→仁尾マリーナ」それぞれの区間がおおよそ三分の一づつの合計70マイル、約3時間の航程となる。瀬戸内海は「ホームゲレンデ」なので全てにおいて目安が立てやすい。

海況は一貫して5〜6mの東風、つまり追い風、追い波であったので25kt維持して初めて3時間を切る2時間50分で70マイルを走破した。瀬戸内海は外洋と違って海のうねりがなく、精神的にも肉体的にも楽である。13時丁度に「仁尾マリーナ」帰港となった。

ヤードを立ち去る時、「お疲れさんの気持ち」で「HAPPY」を振り返った。そうしたら両舷ハルについたフェンダーの汚れが頬紅のように、さらに岸壁の黒ゴム汚れが頬についた傷のように見えて滑稽だった。いや、何やら両肩についた勲章の様であったと表現しておこう。

しかし、いつまでもそのままだとただの汚れになってしまうので、明日からぼちぼちと洗艇、汚れ落とし、エンジン、ジェネ、マリンエアコンの塩出し、エンクロージャーの清掃をやるつもりである。

最後に今回の「四国周遊クルーズ」を総括をしておく。皆さんの参考になれば幸いである。

四国一周は「仁尾」、「今治」、「八幡浜」、「宇和島」、「土佐清水」、「久礼」、「奈半利」、「日和佐」、「徳島」、「南あわじ湊」、「仁尾」と反時計回りに行った。どちら回りが良いなどと言うつもりはない。でも旅の魅力度で言うと、リアス式地形の「愛媛県」宇和海側と、水、海双方が綺麗な「高知県」土佐湾側の海域に軍配が上がる。ヨットなら尚更であろう。

残る「徳島県」と「香川県」の両県は四国近代化の役割を担ったため、海岸の多くが埋め立てられてしまった感がある。だから、工業地帯の沖合を走っている時間も長い。特に香川県沖は四国というより瀬戸内海に浮かぶ島々(小豆島等)の方が魅力的であるため陸側に良い泊地はない。それは正面に「小豆島」が位置する「東讃エリア」において顕著である。

改めてもう一度、行きたい港はどこかと聞かれれば、迷うことなく中土佐の「久礼港」をあげたい。今回初めて入った港だが、ここは海の駅ではない。カツオ漁で有名な漁港(漫画土佐の一本ずりの舞台)である。ただし、道の駅が目の前にある。これが大きい魅力となった。マルシェで生鮮品、食材(カツオ含めた鮮魚)が購入でき、酒の肴にも困らない。

食事を作るのが面倒ならレストランもある、パン屋もだ。そして、トイレ、水の心配もなく、温泉(黒潮本陣)もある。しかし、このエリアに喧騒は全くない。本当に素晴らしい泊地である。

「久礼港」の欠点をしいてあげれば、岸壁係船しか出来ないので大潮の際は(昇降ハシゴが1箇所のみ)対策が必要になることだ。もちろん、大潮以外の干満差ならなんとかなるであろうが、我々の場合は「ゴロー」がいるので乗り降りが危なっかしい。

係船する際には奥の最も静穏な岸壁を選びたいところだが、(特にカツオ漁のシーズンになると)水揚げの場所として使われるので避けるべき。一旦そこに仮着けしても、直ちに目の前の漁協事務所に指示を仰ぐ行動をとることで職員を安心させたい。そうでないといつか「プレジャー艇入港禁止」の張り紙を見ることになりかねないからだ。

 

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うず潮観潮船に見られながら「鳴門海峡」通過。クルーズ最終日は「南あわじ湊港」です!

今日の「徳島港」の大潮最干潮時間は13時であった、その3時間前(10時15分)に「ケンチョピア」浮桟橋のもやいを解いた。その時点の水深は2.6m、入った時は大潮の最干潮になっていたので、水深は1.8m(陸側1.5m)と比較すれば、川を下って「徳島港」出口まで1箇所たりと不安になる水深はなかった。

今日目指すのは南淡路の「湊港」にある「みなみあわじ・みなと海の駅(前川造船浮桟橋)」である。距離的には33マイル、丁度「日和佐港→ケンチョピア」と同じ距離になる。

このコースのハイライトはなんといっても「大鳴門橋」下の「鳴門のうず潮」通過であろう。その勢いは干潮満潮が起こす潮汐で引き起こされているらしく、それぞれの前後時間が観潮のベストタイミングとなる。

「HAPPY」の通過はたまたまその時間帯の重なり、通過時には3隻の観光船が大渦の周りに集まっていた。車に例えるなら、それぞれがドリフト走行している状態であった。一方で、西からの本船進入があり、私たちは渦潮を遠巻きする迂回コースを選択できず渦中に突っ込むしかなかった。きっと観潮船の乗客達は「HAPPY」に釘付けになっていたであろう。白波が崩れるほどの、そのくらいの大渦通過であった。

「湊港」では写真の内航船が着いている岸壁に接岸し、配達給油(久米石油)で300Lを入れて満タンに戻した。給油はこれで5回目、単価は141円〜163円の幅で合計2,350Lとなった。

今宵、桟橋を共有することになった「Dare to Dream」(デヘラー)号だが、とにかく船名が気に入った。意味は「夢見ることを恐れるな」的な意味だと思うが、これは私の亡き母親の名言でもあったからである。

スキッパーはすらっとして品格のある方。前回この桟橋で遭遇した新人3人乗りのヨットと違い、港内に入っても急がずにフェンダー類も十分準備をして係船に臨む仕草を見ると、ヨット経験も豊富なシングル航海のベテランと思われた。

我々同様、犬(白ラブラドール)を帯同し、「ゴロー」にとってもよき出会いになったようである。横須賀の「ベラシスマリーナ」から「長崎」往復クルーズの帰路であると仰っていたが、あの若さで長期クルーズを楽しめるとは…。きっと、早期リタイアをしたベンチャー企業経営者ではないか?などと妄想した。

 

「鳴門大橋」と「うず潮」をパスした瞬間に「どうやら事故なしで帰れそうだ!」と顔がほこらんだ。このままいけば、明日の夜は自宅に戻っていることになる。「あと1日、最後の最後まで気を抜かずに頑張って無事故で帰ろう!」と自分に言い聞かせた。

今日の寄港地「みなみあわじ・みなと海の駅(前川造船)」では、前回同様「さつき寿司」を予約してある。その際に知己を得た大将は若き頃は船乗りで、瀬戸内海を瓦を積んで航海していたのだという。当時の船は「焼玉エンジンの木造船」だったそうである。その船で遭遇した濃霧、座礁、寄港地のことを懐かしく話してくれた。私のブログ航海記も読んでいるそうだ。

その彼(80代)が、あらかじめ用意してくれた「ハモ三昧」コースを食しながら、「老いてこそのゴールデンエイジの過ごし方」を伝授していただいた。

明日は、少々距離(70マイル)はあるが、一気にホームポートの「仁尾マリーナ」を目指す。

 

 

県庁前だから「ケンチョピア」。到着が大潮干潮時刻に重なり水深は1.8m、ヒヤヒヤでした!

「ケンチョピア」という名前を誰が名づけたのか知らないが、うまいネーミングだと思う。下写真の茶色のビルが「徳島県庁舎」である。河川に浮かぶプレジャー船は全国どこでも不法係留のシンボルとされるが、ここは県庁舎の前にずらりとヨット、ボートが行儀良く並んでいる。先に不法係留があって追認開放となったか、整備が進められてプレジャー船が置かれるようになったのかは、わからない。しかし、今の風情はとても良く、徳島県のイメージ向上になっていると思う。

その中に「つながる海の駅・川の駅」と名を打ったビジター用の桟橋がある。ここに一回「HAPPY」を着けるべく、実は去年陸路で下見にきていた。それが今回実現できて嬉しい。

その係船桟橋は鉄製のしっかりしたものだが、何せ「新町川」という川の中にあるので「徳島港」入り口からのアプローチは慎重にした。「末広大橋」通過して川を上ると、まもなく「ケンチョピア」に係留するヨットのマストが見えてきた。

浮桟橋を視認すれば、渡る階段の角度が急で、この時間が引きいっぱいであることが分かった。桟橋界隈は水深1.8m、いつもなら出船で着けるが、陸側はもっと水深が浅いだろうと思って、急遽入船係船にした。

桟橋には海の事情に長けた有志による利用案内があり、その説明は至れり尽くせりであった。料金は40f以下は1日千円、電気は100,200Vいずれにも対応できる。しかし、いずれもマリンコ仕様ではないので、接続するには電気の知識が必要になる。私には無理なので使わなかった。

この配達給油の張り紙はよくできている。まさにその通りである!

 

もう少し、「徳島港」入り口から「ケンチョピア」に向けての「新町川」のことを書くと、陸に「イオンモール」、「フェリーターミナル」が見えるあたりまでは大潮時の最干潮でも3mの水深があった。それ以降、「末広大橋」を潜って川を上り続けると2m代の表示になる。いつ川底に座礁しても離礁できるよう5ノットにまで船速を落として慎重にアプローチした。

結果は、ペラが川底に当たることもなく無事に桟橋までたどり着き係船もできた。

最干潮を過ぎた頃から、セーリングクルーザー(ベネトウファスト385)がやって来た。ブームが降りた(壊れた?)ままなので、もしかしたら機走のみでの航海となっているのかもしれない。三重県の「津」から宮﨑の「サンマリーナ」に回航中だという。

それにしても「ケンチョピア」ポンツーンは人気のようで、カギのかかった料金箱に(料金を入れた封筒を)投函するのに苦労した。利用にあたっては、事前にネットに掲載されている携帯電話で申し込み、当日のぶっつけ本番は避けた方が良いと思われる。

徳島に来れば必ず立ち寄る焼き鳥の「伝八」、今回も訪れたがなぜか必ず同じ客人にあう。この2人いずれも学校の先生達。私が彼に「私はこの2年間で4回この店に来ているが、うち3回は貴殿に会う。奇遇だなぁ、運命感じるなぁ」と話せば、店の女将が小声で「彼はほぼ毎日来ています!」と囁いてくれた。こうなると、奇遇も運命も関係ない。前回はその奇遇・運命の出会いに感激して、私が彼の飲み分をすべて払ったのだが、今回はやめた。

朝7時30分にセーリングクルーザー(ベネトウファスト385)を見送った。彼らは「鳴門海峡」を通らず手前の「撫養川」経由で「三本松港」に行くそうだ。

「ケンチョピア」浮桟橋を離れてゆっくり川を下るヨットを見ながら、「ゴロー」散歩を続けていたのだが、そこで2つの発見があった。1つ目は前回陸路で下見に来た時、クラシックな良いシルエットが印象に残ったセーリングクルーザー、なんと浸水して無惨な姿を晒していたことだ。

もう一つは「コインランドリー」、「ハローズ(24時間)」、「スターバックス」そして「びっくりドンキー」からなる商業エリアに遭遇したことである。全部同じ敷地にあって便利この上ない。

その中にある「びっくりドンキー」は関西では「びくドン」とあだ名される関東ではあまり見かけない店である。前々から、一度入って見たいと思っていた店だ。朝8時から開店なので次回の朝飯はここにしよう。

さて、今回の「四国周遊クルーズ」も残すところあと2日、「ケンチョピア」のあとは鳴門海峡を通過して、ホームゲレンデの瀬戸内海に入る予定。海図上はともかく、私には「鳴門大橋」が瀬戸内海の入り口という実感がある。そこから、「南淡路湊港」に艇をつけて給油、お気に入りの「さつき寿司」でささやかに打ち上げをするつもりだ。

今日は雨降りの日曜日、「日和佐港」で2日目。艇内の整理整頓、清掃、点検に充てます!

今朝の「日和佐港」は予報通りの大雨で始まった。それでも雨が止む時があり、それを狙って「ゴロー」散歩をこなした。朝7時、体はまだ寝起きモードだったが、「ゴロー」を抱いてアフトデッキガンネルから岸壁に勢いよく飛び降りた。これがいけなかった。私の体重に犬の体重(18キロ)が加わったので着地脚力が追いつかず、「ゴロー」を抱えたまま前方に崩れるように一回転してしまった。「ゴロー」に問題はなかったが、私の方はカッコ悪い様を晒してしまった。側で釣りをしていた老夫婦にその様子をすっかり見られ、恥ずかしかった。「犬に引っ張られまして…」と言い訳をしてその場を繕ったが、全てはお見通しだっただろう。

それからは、何事もなかったように散歩を開始したのだが、新発見があった。それは「日和佐駅」と反対側の「道の駅」を繋ぐ横断歩道橋を発見したのである。これが「道の駅」に行くにあたって、とてつもない近回りになるのだった。早速、利用してみたのだが、そこから駅構内を線路に降りて反対側に渡るお年寄りの姿を見かけた。つまり、歩道橋を使わずに線路横断して反対側に行けるのであった。

行きの歩道橋では、そこからのビューがこの地域を象徴する薬王寺と鉄路の組み合わせ写真として「映える」と思ったのでパチリして見た。「道の駅」に着くといきなりの大雨が襲来、慌てて「ゴロー」と一緒に駅構内に入って線路横断して「日和佐駅舎」に飛び込んだ。

「ゴロー」話のついでだが、これまで瀬戸内海で1泊、2泊のクルーズは体験させて来た。それで大丈夫そうなので長期クルーズにも連れて行くことにした。すでに10日を超えその途中にはちょっとしたシケもうねりもあったが、乗船拒否や船酔い的な体調不良の気配はない。快食快便そのものだ。

困るのは、散歩中に私がトイレを利用する際、入り口近辺に繋いでおくと、私が出てくるまで連続吠えをすることである。それ以外には吠えることはほとんどないのにである。できれば、じっと吠えずに待っていて欲しい。

「日和佐港」では土日は公的施設が閉まるので、トイレは「日和佐駅」の駅舎トイレを使わさせてもらう(24時間)。駅舎には同町の観光協会が入居しており、その方が常駐しているので管理が行き届いている。係船岸壁から徒歩5分で着くが、もっと近場なら徒歩3分のところに「美波日和佐図書館」と「海上保安署」があリ、いずれのトイレも使える。しかし、これらは開業時間のみの利用となる。

同じく「日和佐港」には「薬王寺温泉」がある。今回は2日連続で「薬王寺温泉」に出向いたが、利用する昼間時間帯はほぼ貸切状態で至極快適であった。2日目になると施設の状態がよく分かるようになり、施設内に簡易だがコインランドリーがあることがわかった。

 

また、「日和佐港」内は外海の影響ほとんどなく、揺れない。よって、エンジンルームに入ったりする点検作業が安心してできる。点検といってもクルーズ中なのでトラブルが発生しない限り簡易で済ませている。一番気にしているのが、ビルジの溜まり具合である。

下の写真はシャワーと洗面、マリンエアコンドレイン用の「サンプタンク」(2個)が設置されている前部船底(キッチン下)ビルジの様子であるが、出港時にドライ状態にして、それが維持されていた。

次が、エンジンルーム内のビルジだが、少々溜まっていた。舐めれば海水だったので、原因となる漏れ箇所を探ったが、発見できなかった。出港前に交換しておいた「PSS」(通称スタンチューブ)周辺になんとなく海水がついていた感じがしたので、当たりがつくまで様子を見ることにして、それ以上手出しはしなかった。また溜まっている量も自動排水ポンプの作動が起きないレベルにとどまっていた。それでもペットボトル一本分だけ汲み出しして、ほぼドライに戻しておいた。

ちなみに、写真に映るペットボトルにはクーラントのオーバーフロードレインホースが差し込んである。ビルジの内容(緑色クーラント)を区別して認識するためだ。  

 

そのほか、エンジンルーム内を見回したが、海水の白い結晶吹き出し、オイルのにじり漏れなどの症状はなかった。また、クルーズ開始以来懸案事案であったマリンエアコン海水ポンプの固着だが、毎日エアコン使用しているせいか固着が起こらず、不調であった事を忘れるほどであった。

それでも、私のマリンライフはクルーズ中心、そして艇内は完全空調となっている。つまり、エアコンは寝る時以外、一日16時間回している。デイユースならエンジン稼働時間とエアコン稼働時間に差はあまりないと思うが、長期クルーズは艇内で生活するのでジェネレータ同様稼働時間は4〜5倍になろう。つもりに積もって10年経過して何らかの劣化があっても仕方がないと思っている。

このポンプもトヨタサイドに照会すると、これまた特注品という返事が返ってきた。230V仕様の特注品らしく、発注してから製造するので3ヶ月待ちとなるという。無論、発注はしてあるが、デリバリーは9月予定となる。それまでは、ご機嫌を保ってくれるはずだ。

話は「日和佐港」の泊地情報に戻るが。この町には観光客、ビジターがゴミを捨てる場所が用意されてない。人口がたった5千人の「日和佐町」では無理もない。各自持ち帰りを原則にするのは当然だろう。これは「道の駅」でも同じだ。

そこで、我々は写真の「水口石油店」(日曜休み)の配達給油時に給水・ゴミ捨て(燃えるゴミ、ペット、缶)をお願いしている、毎度のことにはなるが、心よく応じてくれる。ありがたい。

明日は徳島県庁前の「ケンチョピア」に向かう。ここでもゴミは捨てられないので、「日和佐港」で対処できて大変に助かった。

「室戸岬」を回って今日から徳島県。私の大好きな「日和佐港」に入りました!

「奈半利港」のワンナイトは穏やかに過ごせた。幸いにも風は無風に近かったので港内には波が立たず、潮汐の上げ下げだけだった。次の目的地である「日和佐港」は、私が好きな港なので、そして日曜日は雨らしく、この地で2泊することにした。

「奈半利港」出港は10時50分、「室戸岬」(上写真)を回航して54マイルを2時間30分で走り「日和佐港」に着いた。

Googleマップ上に残された「HAPPY」の航跡を見ても分かる通り、係船できる岸壁(利用申込は徳島県南部総合県民局土木事務所0884-74-7410)は港の奥の奥、ここにまで来ると余程のことがない限り、艇が揺れることはない。これだけ条件が良いと、海上保安庁の巡視艇も基地として使うので、お隣さん同志となる。当然、臨検訪問の確率が高くなる。

艇内から城が見えた。「日和佐城」というが、これで「平戸城」、「宇和島城」についで3回目となる。もっとも、この城は景観作りのために模擬的に作った城らしく、中に入ってみることはできないようである。

「日和佐港」の実態は漁港。そして最後の草刈りをしたのはいつ?と思うくらい、岸壁にはペンペン草が生えていた。クルーズの必需品リストに「草刈り鎌」を今度から加えておこう。

津波対策も進んでいたが、まだこの場所にまで達していないので、あくまでも岸壁高は低く、ビジター艇にとって、干満に関わりなく乗降りができるので大変に助かる。人間だけなら何とかなる高低差も、「ゴロー」を帯同して乗り降りとなると大変になる。

ちなみにこの場所の水深だが、大潮干潮時の水深は2.4mであった。一方満潮時にはもしかするとフェンダーが効かなくなるかもしれない(写真参照)。それでも港内の引き波もあまりなく、至って静かなので大丈夫とは思うが、念のためケッジアンカーを打つなら残された海面は広くないので注意が必要となる。

この黒い大型フェンダーが設置されているが、表面が紫外線で大いに劣化しているのでさわればやたらと黒い汚れがつく。「触らぬフェンダーに汚れなし!」である。

さて、もやいを固定して、すぐに向かった「薬王寺温泉」(徒歩8分)は、薬師寺参拝者用駐車場の中にある。この看板の左横にあり、四国巡礼23番札所でもある「薬王寺」が巡礼者慰安を目的に経営していると聞いた。ここにはサウナもあるので、ゆるりとした時間を過ごせる。終わったら、帰って一休み、そして陽が落ちてきたら「ゴロー」散歩に出て、食事としよう。

以下は「ゴロー」散歩からの一コマ

「日和佐港」の入り口。良い風情でしばし、見惚れていた。

またもや発見した「津波避難タワー」。こうなると立派なオブジェにも見えなくない。

一方、堤防の方は無骨この上ない。国の進める「国土強靭化」予算で、四国の太平洋側の護岸はまるで敵の上陸を阻む要塞のようだ。



 

「奈半利港」は、岸壁の高い殺風景な一般港。でも徒歩圏内ですべてが揃う便利な泊地です!

今日の泊地は「奈半利港」である。この港はプレジャー艇の来訪を全く想定していない一般港で、「奈半利漁港」と一体を成しているのだが、漁港には入らなかった。より静穏なこの漁港に着けたいのはやまやまだったが、前回(7年前)は入っただけで、漁師が手をクロスしてあっちに着けろと合図してきた。

よって、前回通り港の突き当たりに着けようと思ったが、その場所は今回整備がなされて「緊急輸送用指定岸壁」に変わっていた。無論、係船禁止の場所である。港内を見渡し、着ける場所を探した。揺れることの心配もあるが、町に近いことも重要。そうして選んだのが、最も揺れる可能性の高い場所、すなわち港内入り口突端部であった。明日にかけ終日南西3mのナギだから良しとしたのである。そうでなかったらあまり快適な係船場所ではないと思う。

話は前後するが、「生カツオの刺身」、「カツオのたたき」を2日連続で堪能した「久礼港」を後にしたのは10時10分であった。出港時に岸壁から声をかけてきた元船長が「土佐湾にはタル流し漁(イカダを流して行う釣り漁法、高知特有)の仕掛けがいっぱいある。乗り上げたら厄介だから気をつけて行け」とアドバイしてくれた。下の写真がその「タル流し漁」の仕掛けである。途中、10個ほどの仕掛けを視認した。

昼間、視界が良い時間帯なら発見は容易だが、夜間は仕掛けに点灯も付いていないし、筏はシーアンカー機能を果たすブイ(イカダとはロープで結ばれている)とセットなので、これを引っ掛けたらさらに面倒なことになると思った。怖がりながら、仕掛け撮影のため近づいたが、ロープが海中でどうなっているかわからないので、逃げるように離れた。ヨットの方々は、ナイトで土佐湾を横断することもあるようだが、「タル流し漁」には御用心された方が良い。

さて、「奈半利港」は「奈半利川」の河口になっているので、その影響で港の入り口海面は茶色に変色していた。これが海図にない浅瀬の存在を感じさせ、入り口も狭いので水深計の数字を声出し共有しながら、慎重にアプローチした。入港にあたって不用意に舵を切ると外側に振れるので、進路が膨らまぬよう、入り口岸壁の赤灯標側に寄せて、くるりと回り込んで港内に入った。

回り込んで港内に入れば、一般港エリア、漁港エリアの分岐点なので、その場所からそれぞれの港内事情が見て取れる。入港が、干潮時間(12時10分)になったので、乗降ハシゴのある場所を探した。全体を見回しても、係船可能な岸壁でハシゴの設置があるのはここだけであった。

航程的には、「久礼港」から「奈半利港」までは42マイル、2時間の航程であった。早速、出港時に予約を入れておいた港前のGS「能勢石油」に着岸を連絡し、給油(450L)を済ませ、さらにポリタンクをキャリーに乗せて5往復して一旦休憩。この後、満潮近くになれば、「ゴロー」散歩、コインランドリー、「たのたの温泉」行きが待っている。

これが、既述した「奈半利港」の漁港エリア、岸壁も低く港に入って堤防に沿って奥に行くので、港内の静穏は約束されている。明日、「ゴロー」散歩しながら探索してくるつもりだ。

この「奈半利港」は、高知市と結ぶ「ごめん・なはり線」の終着でもある。岸壁から徒歩2分でこの景色を見ることになる。休息の後は、「コインランドリー」と泉質自慢の「たのたの温泉」、そして「マルナカ」で飲料水等を買い足してきたが、艇に戻れば周囲は真っ暗の時間帯になっていた。

ここからは全くの余談になる。タイトルに「全て揃っている便利な泊地」と書いたが、なぜかこの港には夜の店が町の規模に比べて多い気がした。店もまぁまぁ集中しており、各店の構えも現役感バリバリなのだ。スナック、クラブ、バーなのだが、「なぜこんなにあるの?」と不思議でもあった。一番笑ったのがスナック「姫」と「エンジェル」という名前のスナックが棟割り長屋よろしく壁一つで並んでいたことである。「もしかしたら裏で繋がっている?」といった話をしながら前を通った。そうなら昔の「8時だよ全員集合(ドリフターズのコント番組)」のようになる。その中にあって、女性?オーナーの品格が窺い知れるこの店の佇まいが可愛いと思って、パチリしてみた。

今日は水汲み5往復、重いポリタンをキャリーで転がし、GSから岸壁に着けば、それを持って今度は艇に飛び乗り、吸水口に注ぎ入れる。その繰り返しで1時間専心した。疲れたし、きつかった。これができなくなれば、私のクルーズ人生も終わりを迎える。そう示唆されぬよう、副長の前では愚痴をこぼさず作業した。

思えば桟橋からのホースによる給水は本当に楽である。ものの5分で満水にできる。今回これができたのは「八幡浜」、「愛南」のみだが、いずれも有料の「海の駅」、当然でもある。

追伸

翌日、早朝「ゴロー」散歩をしながら「奈半利漁港」地区を探索してきた。前回(7年前)は岸壁に立つ漁師から、このエリアには入ってくるな!のメッセージが届いたことは書いたが、確かにその時は港内に係船されている漁船の数も多く、納得のいくものであった。しかし、今回の探索ではその数はかなり減っており、風があって港内入り口では揺れがすごいとなれば、交渉してこの漁港エリアを泊地にすることも可能だと思った。

 

「カツオ」があまりに美味しいので「久礼港」にもう一泊します!

「Windy」をチェックすると、6月13日(土)までは海況が穏やかなようである。計画では今日、「奈半利港」に向かって出港する予定だったが、昨夜食した「カツオ」があまりにも美味しく、この世の食べ納めと思って出港を見送り、もう1日、この「久礼港」に留まることにした。

だから、今日のブログコンテンツは「久礼の町散歩」となる。グーグルマップに位置関係をマッピングしておいた。徒歩で約1万歩のコースとなった。

「道の駅なかとさ」には、不思議なことに無料のドッグラン施設がある。早速、試しに「ゴロー」を連れて行ったのだが、別に走るわけでもなく、すぐに座り込んでしまい「ここは面白くないから、町散歩に行きましょ!」とメッセージを送ってきた。

道の駅から今日が営業日の「大正市場」に向かう途中にあったのが「久礼八幡宮」、ここの大祭は県下三大祭りの一つだそうで、この社殿は文政6年(徳川家斉の時代)に建てられと書かれていた。調べると、「元々は四万十川流域の木材積出し港として栄え、戦後は木材からカツオの町(漫画土佐の一本釣りの舞台)に変貌、鮮度抜群の久礼のカツオを求めて多くの観光客が訪れる」(以上中土佐町HP)となっていた。私も「鮮度抜群の久礼のカツオ」に惹かれた1人ということだ。

その中心が「大正市場」、今日は営業日なので昨日に引き続き訪れた。市場といっても「田中鮮魚店」の1人舞台のようで、反対側の店で「食わせて!」、その足で土産に「買わせて!」の連携が取れて、大賑わいであった。

「大正市場」の近所は小さな商店街となっており、その中に元気そうな酒屋を見つけた。母娘(後に姉妹と知った)の掛け合いで「実は私達、お酒に弱いんです。でも毎日は飲みます」と聞かされ大いに笑った。「さすが土佐だね」といったところだろう。

実は四国で1番日本酒の酒蔵が多いのが、高知県だそうだ。この理由は四万十川に代表される良い水のおかげであることは容易に想像がつく。中でも「南(南酒造場)」が私のお気に入りなのだが、生産高が年間約300石(5400L)程度しかないので、私の地元香川では高松まで行かねば手に入らない。その「南」の日本酒をメインで扱っている酒屋であった。

当然通り過ぎるわけもなく、精米度合いの違いを求めて色々買い求めた。今夜はこの「南」とカツオ、そしてブラ歩きで買い求めた「焼き鳥」を楽しむつもりだ。

ブラ歩きで買い求めた「焼き鳥」この店で買った。私はこういう佇まいを見るとつい興奮してしまう。中に客席はなく、テイクアウトのみだそうだ。一本100円の焼き鳥売って、生活が成り立つのだろうか?などと余計な心配をしてしまった。

道の駅に戻れば、鮮魚店の品揃えが始まってマルシェ全体が売りモードになってきた。水揚げして、セリして、自店に戻って売り準備をするので、どうしても店販売ができるのが12時ぐらいになってしまうのだという。早速、写真のカツオを一本買って、3枚ではなくサク状態にしてもらった。

店主に「生のカツオは捌いてみないと良し悪しがわからない。お客さんが見立てたカツオは今捌いたところ、今一つ、目利きし直すから待ってくれ」と言われた。これに対し、私の質問は「その切ってしまったやつはどうするの?」であった。すると「こういうのは加工品、例えばしょうが煮、角煮などして売るから心配しなくて良いよ」こうした問答が面白く、これが鮮魚対面販売の面白さでもある。

昼寝をちょっとして、1万歩散歩の疲れを癒している最中に上記写真の艇が入ってきた。空けておくべき緊急輸送用岸壁に着けているところを見ると官公庁の艇であろう。どうやらどこか調子が悪いようで、エンジンをかけたり止めたりを繰り返している。そのサウンドはタービンエンジンのそれでとてもクール、「HAPPY」のV8直噴ディーゼルターボエンジンのそれも負ける。

掲揚している旗(NYOCクラブ旗と航海安全の金毘羅旗)を見れば、今夜も凪、船中居酒屋「HAPPY」の開店が待ちどおしい。

ということで、少々時間をくり上げてオープン。予定通り「カツオのたたき」をメインにしてみた!

今日は、久しぶりの上天気。カツオの町「久礼港(中土佐)」に初めて入港しました!

「土佐清水港」を夏支度で9時20分に出港した。港を出ればすぐ左手に「足摺岬」が見えてくる。この岬を回航するのは2回目になるが、今回はべた凪下なので気分は楽である。

「ベタ凪だから、足摺岬廻航はきっと前回より楽だろう」と、たかを括って近づけば、南(沖)から入る1〜1.5mのうねりを真正面に受け、そして東へ舵を切りながら回航を開始すれば今度はうねりと潮流がぶつかりあって、波が三角波に変わった。

波変化の段取りは前回の廻航と一緒であった。ただし、あの時は翌日「土佐清水」に吹くと予報された南強風を回避するための早朝緊急出港だった。精神面で追い込まれての出港、「足摺岬」の回航時は10m風、崩れるうねりの波頭は今も頭から離れない。廻航最終段階で遭遇する三角波も、もっととんがっていた。もちろん、岬の灯台写真なんて撮る余裕はない。今回は、余裕があったので初めて「足摺岬灯台」をパチリできた。どれだけ楽だったかが、分かるというものであろう。

「土佐清水港」から「久礼港」までは走ってみれば50マイル、到着は11時40分、2時間20分の航程であった。想定より早かったのは、「足摺岬」回航後から追波、追い風になったおかげである。港には職員常在の立派な漁協施設があることがわかっていたので、最初に目の前に仮り係船して挨拶に行った。もちろん、本クルーズ4個目の手土産を持ってである。

「久礼港」で指示された場所は上写真のGマークのところである。

この「久礼漁港」の前は「道の駅、なかとさ」になっていた。泊地としてこの港が優れていることは言うまでもない。前回は観光があったので「高知港」(太平洋マリン)に着けたが、これからは「久礼港」の方が高知県の場合は良いと思った。道の駅+黒潮本陣(日帰り温泉)、まさに最高ランクの泊地である。

「道の駅なかとさ」のマルシェでは朝どれの鮮魚販売コーナーがあり、私は今晩の肴として、生カツオ刺身とカツオのたたきを双方買い求めた。副長は、またもやお土産収集に努めていた。

道の駅の中に大々的に設置されているこのゴミ捨て場所は、とてもありがたい。ゴミは何処の寄港地でも持ち帰りが原則、我々ボートは軽油をたくさん入れるので、その際タンクローリーのドライバーにゴミを預けることができるが、それは燃えるゴミのみ、たまったビール缶が、ペットボトルが片付き、艇内スッキリさせて明日は出港できそうである。

この後の予定は、日が弱る17時頃から「ゴロー」の散歩、1830からは日帰り温泉ビジターを受け入れてくれる「黒潮本陣」(大変有名)で温泉に浸かる予定である。そして、晩酌をやるだけである。以下は「ゴロー」散歩の一コマ。

高知県に入るとやたらと「津波避難タワー」が目につくようになる。昔は階段でしか登れない「火の見櫓」に似た形状であったが、今はバリアフリー仕様に変わり、その分構造物として大きくなり、ちょっとした観光用の展望台のようだ。

この「久礼港」には観光パンフでよく紹介される「大正市場」がある。今日は水曜日で定休日だが、せめて写真だけでもと訪れてみると思ったよりもこじんまりしていた。ここに人が入ればすぐにごった返すであろうサイズであった。元々、地元の漁師の奥様方が始めた小さな私設の市場だったので、さもありなんである。久礼の町が大火にあった際に「大正天皇」が復興の資金を寄付してくれたので「大正市場」と名付けたそうだ。

「黒潮本陣」は「久礼港」係船岸壁から見上げる位置にあるが、専用の階段があるので15分で行ける。もちろん、この時間には途中の休み時間が入っているので、体力があれば10分で着く。

風呂からの眺望はとても良い。

全く臭みのない生カツオ、柵で買って自分好みに切って食した。臭みが全くない!凄い!これで1180円、仮にこのためだけ「久礼」に来たとしても悔いはないレベルと思う。

 

雨降り5日目、土佐清水(越港)で「ジョン万次郎資料館」見学、そして「土佐清水港」へ!

今日の最終目的地は「土佐清水港」である。途中、その隣接港の「土佐清水越港」(ジョン万次郎資料館がある)にも寄るつもりでいる。総航程で約50マイルの距離となる。海況は小雨、北風7m、波高は1m前後、これにうねりが加わって時に1.5m、ちょっとしたシケ模様となった。瀬戸内海に馴染みすぎてすっかり忘れていた「うねり」の中の航海となった。時にドカンドカンである。その度に「ゴロー大丈夫かな?」であった。

それでも高知県最西端の「大月半島(柏島)」を回り込んで東に進路を変えれば、風は半島に遮られうねりも小さくなってスムーズに「土佐清水(越地区)港」に入ることができた。

この港はその昔、関西方面とを結んでいた大型フェリー用に使われていた港と聞く。その時代の待合施設が「ジョン万次郎資料館」として改装されたのだという。

「ジョンマン」というと大学生の頃、街中でよく見かけた居酒屋チェーンの名前でもあるが、実はこの人物がなかなかなのである。それに気づいたのか、来年のNHK大河ドラマでその生涯が取り上げられるのだそうだ。そんなこともあって、「ジョンマン」を事前に勉強するべく計画時に寄港先として組み入れておいたのである。

資料館訪問の際は艇を目の前の本船用岸壁(岸壁が高い)に着けるので、「あいなんかわうそ村海の駅」の出港時間をこの地の満潮時間に合わせた。結果として最満潮の前後15分と重なったので、岸壁からの乗り降りは容易にできた。もし大潮時の最干潮だったら、乗り降りはかなり難しいと思われる。

この上の記写真は初めて見た。ジョン万次郎が捕鯨船の船長と共に米国「ニューベッドフォード」で撮った写真が最近発見されたのだそうだ。大河ドラマでは「山崎賢人」が演じるそうだが、ちょっとジョン万次郎本人と比較してハンサム過ぎないだろうか。

中に入れば、最初から資料館として企図されたものではないので、予算面でも苦しかったのだろう。例えば、展示スタイルは大半が文字パネルボードで、これらを順路に沿って読み込む形となっている。まるで資料の読み合わせのようで、「だから資料館というネーミングなんだ!」と妙に納得した。しかし、これではジョン万次郎の偉業に申し訳ない。大河ドラマが始まれば、あるいは始まる前から来訪者も増えるので、もう一工夫、新たなリニューアルが計画されることを願うばかりである。

もし「ジョン万次郎資料館」のリニューアルが検討されるなら、是非とも浮桟橋を館前に設置して、欲しいものである。現状の本船用岸壁のままだと、岸壁が高すぎるし、もやいビットの間隔も広すぎて難儀するからである。せめて、もやいリングと昇降はしごは欲しい。これなら予算もたいしてかからないであろう。

ジョン万次郎資料館」前の岸壁を離れて15分、一つ隣の奥深い入江が「土佐清水港」となる。ほぼ目と鼻の先の距離であるが、もっと距離を縮めようと陸に寄せるのは避けた方が良い。沖合に暗礁岩場が長く張り出しているからである。

前回「土佐清水港」に来た時は雨模様でかつ大潮だったので干満差が大きく岸壁から艇への乗り降りが大変だったが、今回は長潮なので干満差が最大1mで収まり楽であった。さらに翌日は快晴べた凪に変わり、「土佐清水港」の思い出がおかげでリセット出来た。

しかし、7年ぶりの「土佐清水」、明らかに街力が落ちていた。どこでそれを感じたかといえば、係船されている漁船の数でそれを感じた。前回は港口からの波あたりが少なく、揺れの少ない場所は皆漁船が占有して、そこにビジター艇が着ける余地はなかった。しかし、今回は違う。着けようと思えば、着けられるくらいの空スペースが大いにあった。

配達給油に来てくれた「武田石油」の次期社長?にそれを伝えると「漁師は皆引退、そして後継もなしで、とにかく漁船は減っている。一方陸では高齢者の免許返納でGSの来訪客数も減っている。土佐清水港のGSも経営がきつい」といって、何やら暗い話ばかりとなった。

彼を励まそうと「大河ドラマ、ジョン万次郎が当たれば、人がわんさかやって来て土佐清水港にもきっと春が来るよ」と言って慰めたが、少なくとも彼には刺さらなかったようだ。

後日、日本の人口減少率市町村ランキングで「土佐清水市」が第2位、前回調査比較で16.6%減というニュースを聞いたが、これなら彼の話にも納得せざるを得ない。

私としても、少しでも街力に貢献しようと「武田石油」をはじめ、「スーパーサニーマート」、「旭湯コインランドリー」、地元で1番繁盛しているという居酒屋「魚田」にも出向いて少しばかりの散財をしておいたが、焼け石に水であることは言うまでもない。

さらに「魚田」の大将もお造りを出しながら「お客さん、実はこの1週間シケで、全然魚が水揚げされていない。だから刺身はこれで最後だよ。代わりに鳥料理を食べてって」と言われ、「なんで土佐清水で鳥を食うの?」と思ったが、確かにこの1週間の私たちも避難、避難であったので、水揚げはなかったとしても仕方があるまい。地元の皆さんが暗い話をするのは、人口減だけでなく、足元の水揚げ不振もあるのだろう。

しかし、街中には「祝 ジョン万次郎 2028年大河ドラマ決定!!」のポスターが貼られており、この「魚田」店内も同様であった。街中を歩けば、リニューアル工事現場も散見され、市民の期待度がわかる気がした。

 

 

「津波注意報」発令!愛南「あいなんかわうそ村海の駅」へ避港しました!

6月5日入港そして8日出港と3日間の泊地となった「宇和島港(新内港桟橋)」では強風と大雨に見舞われた。この先の旅程もあるので沖合風速10m以下、沿岸なら7mの風予報のもと6月8日(月)の9時丁度に小雨混じりの中出港した。今日目指すのは50マイル先の「宿毛(片島港)」である。

「宇和島港」を出るにあたっては、湾入り口にあるたくさんの養殖いかだに注意しなければならない。「HAPPY」においてもその引き波が悪さをしないように10ノット以下でゆるりと航行していた。そんな折り、天気チェック中の副長が「あらら、大変!津波注意報が太平洋沿岸、高知県にも出たぁ!」と言い出し、文面を読み上げ始めた。

内容は「フィリピン付近でマグニチュード8.2の地震が発生、津波注意報発令で到達予想時刻は12時、高さは1m、直ちに海岸から離れてください!」というものであった。続いて、航海計画を提出している「仁尾マリーナ」からも同様のショートメールが入ってきた。

船上で退避の検討を重ねた結果「次の泊地として予定している宿毛港は漁港。この港は太平洋に直接開いていないので、津波注意報を受ければ「土佐清水」をはじめとした漁船が避難してくるかもしれない。そうなると、プレジャーボートは邪険にされる可能がある」と判断した。そして、7年前に寄って航跡が残っている「あいなんかわうそ海の駅(向田水産桟橋)」に急遽電話を入れ、受け入れ可否を打診し了承されたので急遽向かった。

当初は津波のことも考えて沖合を走っていたが、途中からうねりに遭遇、ピッチが短いのでドスンドスンとバウが叩かれるようになった。「これって、津波じゃないよね」と怖い冗談をブリッジで交わしながら航行を続けていたが、ドスンでアフトデッキのゲージの中にいる「ゴロー」(瀬戸内海しか知らない)を怖がらせてこの先乗船拒否されても困ると思い、途中から「船越運河」を通る陸寄りのコースに切り替え、静穏航行に努めた。

10時30分、「宇和島港」から28マイル先の「あいなんかわうそむら海の駅」に到着した。「宇和島港」に続き、またもや雰囲気は避難モードとなった。航海計画に比して2日遅れとなっているが、「四国周遊」なのでこれも織り込んで楽しんでいる。一方で、この程度の遅れなら、次の「宿毛港」寄港を諦め、その次の土佐清水港は立ち寄り給油のみとしてそのまま久礼港に向かえばオンスケジュールに戻せる」などと考えながら、このブログを書いている。

愛南に到着すれば、雨もしっかり降り出し、雨で洗われるフロントウインドウを見やりながら12時のTVニュースを見ると、建物が倒壊しているフィリピンの映像が流されていた。しかし、まだ日本には津波の到達はないようである。この早々の避難判断が果たして適切?早計?のどちらになるのか、現時点では神のみぞ知るである。(実際には注意報は夕刻解除されたので、どちらかと言えば早計の部類に入ろう)

クルーズの有無に関わらず、天気の良い悪いに関係なしに1日2回の「ゴロー」散歩は、お約束でもある。犬を飼い始めた頃は犬の運動のためと思っていたが、実はオシッコとウンチがそれより勝る重大な意味を持つことを体感してきている。

「ゴロー」は北海道犬系の雑種でいわゆる日本犬なので、家では用を足さない。そのためには散歩に連れ出さなければならないのだ。私としては行きたくない時もあるのだが、「ゴロー」に見つめられると、断れない。今日の「愛南」午後散歩は本降りの雨の合間をぬってのものとなった。途中、路バタに咲く綺麗な紫陽花に出会えて、なんだか元が取れた気がした。。

 

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