ボートで行くクルージング三昧

ホームポートを瀬戸内海に移してクルージングを楽しんでます

2021春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月15日「岩城島」それとも「仁尾マリーナ」?

復航8日目:「上関室津港」での朝、今日もベタなぎで迎えた。「Windy」も終日のベタなぎを予報している。本来の計画は「岩城島」であるが、昨日瀬戸内海入りして「上関室津港」まで来ると、無性に家に帰りたくなる。瀬戸内海の外に出るロングクルーズではいつもそうなる。これはきっと帰巣本能が刺激されるからであろう。一方で、当初計画したように「岩城島」に立ち寄り、桟橋から3分とところにある居酒屋「吉正」でレモン酎ハイ(特産品の青いレモンを使う)を飲んで、1ヶ月に及んだ春クルーズを頭の中で回顧してみたい気持ちもある。どちらの気持ちが勝つか、帰巣本能か?青レモン酎ハイか?

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「上関室津港」を8時に出港、来島海峡に入る手前でそのまま進めば「仁尾マリーナ」に直行、「大三島」と「伯方島」を結ぶ「大三島橋」をくぐれば「岩城島」に向かうコースとなる。

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どちらも捨て難い選択。結果は、帰巣本能の勝ちで11時30分に「仁尾マリーナ」の定住バースに舫うことになった。塩だらけになった「HAPPY」を洗い、ご苦労さんとありがとうの声をかけて自宅に戻った。

26泊27日かけての2021年春クルーズ(隠岐島舞鶴)、総航程1,200マイルの旅が終わった!

2021年春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月14日「上関室津」

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復航7日目:「仙崎港」での配達給油が早朝7時30分にできた。前日は日曜日だったので近場で配達給油をしてくれるところがなく、翌日朝1番(8時)で対応してもらえるよう出向いて交渉した結果だ。(大隅石油)

給油後、改めて「Windy」をチェックすると、昨日の予報通り今日一日すこぶる海況が安定することがわかった。そこで、燃料もFullを超えてたっぷりはいったので、1時間分の余裕を残して6時間は安心して連続走行ができる状態になっている。それならば、周りに何もない「新門司マリーナ」での燃料給油を兼ねた一泊を飛ばし、一気に「上関室津港」まで行ってしまおうと決めた。

「上関室津港」までは「仙崎港」から120マイル、この海況なら25kt換算で5〜6時間で着くことができる。明日になると風が東7mになるという予報もこれを後押し、当初予定していた「豊浦」泊をまずやめ、風の吹かないうちに関門海峡を超えてしまおう。なぜなら本船がたくさん集まる関門海峡、「豊浦」から入ると東風は向かい風、狭い海峡を吹き抜ける際に7mの風はしばしば10m近くのブローにもなる。「関門海峡」での向かい風、向かい波、それに本船の引き波、想像するだけで嫌になる。そんな思いが頭をよぎり、8時に出港、10時に関門海峡に入って13時に「上関室津港」到着。ちょっと長かったが、往航時に怖い思いをした「角島大橋」の狭水道は通らず大回りしても予定通りの5時間で着くことができた。

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前回(2020年7月)来た時は、写真の浮桟橋の工事が完了していなかったが、今回来てみると見事に完成していた。これに伴い利用手続きも正式化して、道の駅の反対側にある上関町役場室津支所で行うことになった。課金単位はトンベースなので10トン艇で一泊35円と非常に安い。

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配達給油を清水石油店に依頼、今日は1日で「仙崎港」で300L、ここ「上関室津港」で450L入れた。これで累積4,800Lとなった。今晩が最後の船中食になるので、冷蔵庫、冷凍庫に残っている食材からのメニューとなる。それでは、ちと寂しいのでつまみのお刺身などを目の前の道の駅で買ったが、普段の日なので品揃えはとてもシャビーであった。私にとって「上関室津港」の魅力は、瀬戸内海屈指の温泉施設である「鳩子の湯」の存在が大きい。夕方に出かけたが、今回も期待を裏切らない良い時間が過ごせた。

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およそ1ヶ月、干満のない日本海に居たわけだが、久しぶりの干満さに直面すると改めて驚く。なんと3m近く、見る見るうちに海面の高さが変わるのだからすごい。もし瀬戸内海に干満差がなかったら、私は自分の家を舟屋に改造して、艇を引き入れられるようにしたいなどと考えてしまった。

2021年春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月13日「仙崎港」

復航6日目:今日目指す「仙崎港」までは、60マイル、2.5時間の航程であるが、往航時には寄港していないので海況の見極めを慎重にしなければならない。Googleマップを見て着けられると思われる場所は事前にピックアップしてある。「Windy」をチェックすると「萩港」を超えて「仙崎港」に入るまでの海域が南東6mなので、陸側の形状次第でブロー8〜10mも想定しなければならない。ただし、山からの吹き下ろしなので大波にはならない、従い荒天減速状態にはなりようもなく安全とみた。Go!の判断である。

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 昨日の話しに戻ってしまうが、週末の「浜田港」は夕方に入って人の動きに変化が出た。岸壁に繋がれた遊漁船には、定員一杯の釣り人が乗り込み、各人期待感に満ちた表情を浮かべて出港を待っている。岸壁から見るとのルマンディー上陸舟艇に乗り込んだ新兵のようだ。

5時になると各艇が先を争うように一斉に出港、港内はそれらがおこす引き波で、てんやわんとなった。見送る船主らしき男性に聞くと「浜田港は遊漁船でイカを釣らせる地として人気がある。一斉に出船するのは良い漁場が取り合いにならないよう、17時の出船をルールで決めているから」と答えてくれた。このイカ釣りは本当に人気があるようで、夕方出港の夜帰港が第一便、深夜出港の早朝帰港が第二便という遊漁船もあり、まさに一晩で2回転営業。岸壁は朝早くまで賑やかであった。

さて、「仙崎港」であるが、港自体にそれほどの特徴はない。入港に際して特に注意を払う必要もない。ただ驚いたのが海の駅があるのである。それは道の駅「センザキッチン」に併設されていた。確かにネットで検索すると「センザキッチン海の駅」が載っていた。改めて艇をこの場所に移動させようかと思ったが、要項を見ると9〜18時までの日帰り利用(35fまで)のみ、収容隻数は一隻のみ。船中泊は警備の問題もあるのか不可。それで3千円(道の駅利用に伴う利用割引きなし)とは、長門市は海の駅の実情を知らなすぎる。

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 10時「浜田港」を出て、12時30分「仙崎港」のこの秘密めいた岸壁に着けた。干潮時でも3mの水深があった。着岸の際、南東5m、ブローで7mの風、左斜め前からの「離しの風」になった。今回は副長が乗船しているので問題なく着岸できたが、これまでの経験から単独航の場合、「離しの風」での着岸は避けたほうが良いと思っている。たっぷりフェンダーをぶら下げて、「寄せの風」で着岸できる場所を探すほうが良い。岸壁に飛び移った直後にブローが来れば、あっという間に艇に戻れなくなる。ロープを持っていてもその後の綱引きが大変なことになるからだ。

航程そのものは「Windy」の予報通りであった。最初に想定した場所が空いていたので、そのまま着けたが、作業していた漁師から「ここに無断で着けてもらっては困る。漁協の許可が必要!いつまでいるんや」と注意を受けた。これに対し「許可を取ろうにも今日は日曜日、漁協が休み。明日午前中に給油して出るのでなんとか一晩置かせていただけないでしょうか?」と丁寧に返したところ、「明日午前中ならええわ。ただし、後ろに後一隻、遊漁船入るのでそれ以上後ろにつけないように」と態度が変わった。明日朝に出る!が効いたようである。

接岸場所をめぐっての漁師との交渉、昔は怖いばっかりであったが、受け入れる漁師達も昨今はだいぶ変わってきたと思う。いや私も変わったのかもしれない。とにかく彼らが普段維持している岸壁を使わせてもらうわけだから、こちらもお邪魔しますの気持ちでいっぱいだ。これが、顔に態度に出てくる年齢になったということだろう。とにかく、これで「仙崎港」における今夜の泊地が決まった。

 

 泊地も決まり、いつもの街中散策を開始。この写真は先ほど述べた道の駅「センザキッチン」の内部。インテリア、照明、陳列は良いが、品揃えはデパ地下的で多分に都会的。若い人が好きな雰囲気でよく賑わっていた。

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次に向かったのが、仙崎港」に立ち寄った理由の一つでもある「金子みすゞ記念館」。「詩人西条八十に「若き童謡詩人の中での巨星」と称賛されたほどの詩人。日本の童謡の隆盛期であった大正後期に彗星のように現れて、26歳でこの世を去り、「幻の童謡詩人」として語り継がれていた女性。事前に調べたこのプロフィールから、不幸な運命に翻弄され、その逃避として詩作を行なっていた内向的な女性に違いないと思っていた。

しかし、記念館で彼女の経歴、代表的詩作品を読むとそれは大きな勘違いであった。この時代に女学校を卒業、決して貧しい家の出ではない。むしろ、先進的な家である。成績も学年3番以内、残した詩の数は5百篇以上、最後は自分の死をもって離婚した夫から娘の親権を取り戻すことを果たす。26歳であった。(当時は離婚すると親権は自動的に父親に帰属)誠に自分の意思をしっかり持ち主張する強き女性であった。

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金子みすゞの実家後に再現された「金子文英堂」、家の中に入り巡り当時のみすゞの部屋、遊んだ中庭、お風呂などを巡ると、それらをテーマに歌った詩が掲げられ、それを読み合わせると家の中に彼女の生きた姿が見えた気がした。

私はその湯殿に掲載されていた作品(お風呂)がなぜか気に入った。いきなりビジュアルが浮かび、心のシーンを掴んでくるのでびっくり。普段、詩なんて読むことないのに、ジーンときた。少しだけ紹介しておく。とにかく、可愛い、純!

母さまとーしょに入るときや、

私、お風呂がきらひなの。

母さまは私をつかまえて

お釜みたいにみがくから。

 

だけど1人で入るときや、

私、お風呂が好きなのよ。

なかで一ばん好きなのは、

ぽかり浮かべたこのきれに、

石鹸(しゃぼん)の函や、おしろいの、かけた小瓶を並べるの。

(以下略)

 

 艇に戻ったのが17時、気になったのが居酒屋「錦屋」の存在。電話してみるとコロナで休業中。あっそうだ、ここは山口県、これまでの鳥取、島根とは違う。

 

明日は「新門司」、いよいよ我がホームゲレンデ「瀬戸内海」に戻ることになる。

 

2021年春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月12日 再び「浜田港」2日目

復航5日目:昨日午後に吹いた強い南風は夜には収まり、雨が降り出した。港内の海面は静穏に戻った。今日は次の寄港予定地である「仙崎港」近辺の海況が終日南東10m(最大15m)の風予報なので出港せずここに止まる。観光すべき場所も市内にはないので今日のブログはいささか退屈な内容になってしまうかもしれない。そこで、私が気がつき、答えを見い出した自作自演の「浜田港の不思議発見!」を紹介させて頂く。

その1  「なぜ海岸もないのに、風が強く吹くとこんなに砂がデッキにたまるのだろう?」

まずはGoogleマップを見てみよう。艇を止めている場所の遙か反対側にセメント工場があることがわかった。きっと風が強く吹くと野ざらしで積み上げている砂が拡散するのであろう。ロングクルーズには箒(ホウキ)も持参ということか。

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 その2 「なぜ、小型の巡視艇が港に入ってくると、配達給油の面々は逃げるように私の艇から離れたのか?」

「浜田港」には「浜田海上保安部」があり、大型の巡視艇の基地にもなっている。それに密漁、密輸を取り締まるための小型の巡視艇(ハルがグレイ)もあるようで、今回はその艇が港内に入ってきたのである。地元の漁師に聞くとその昔、港内で油、ビルジを漏らす漁船が多く、汚染防止のため罰金が引き上げられ、初犯でも最低40万、悪質、再犯なら100万にもなるので怯えているのだそうだ。運用も容赦なしに厳しいと言っていた。これに伴い岸壁での配達給油は原則禁止(やるなら応分の対策をした上で?)、吹きこぼし等をして港内に軽油をそれなりにたらせば、すぐに犯人探しが始まってしまう。更にこの罰金の運用は容赦がないのだそうだ。往航時同様配達に来たローリー車、職員は無塗装、無制服、石油元売ロゴマークはどこにもなく、私がこの軽油どこから持って来た?と揶揄ったくらいだ。これも違った意味での対策?まさかそうではあるまい。良質の軽油であったことは航海が続行できているので間違いないようだ。(ポーナム35のエンジンはコモンレール方式を採用した精密な直噴高圧ディーゼルエンジンなので良質の軽油が前提)

その3  「なぜ、観光地でもないのに浜田市駅周辺にこんなにビジネスホテルが多いのか?」

昨日、「有福温泉」に行くため浜田駅に向かったが、ビジネスホテルが、それも有名チェーン系の新しいホテルが多いのにびっくりした。寂しげな駅商店街とは好対照だったからである。運転手曰く、中国電力浜田市三隅町に石炭火力発電所2号機(石炭火力発電所 出力100万kw、22年11月稼働)を建設していて、これを当て込んで次々に出来たという。更に続けて、着工したのは良いがこの2年はコロナで当てが外れ、ホテルも飲み屋も大変だそうだ。つまり、4年間で数百億単位の投資がなされる大型工事需要を各社が当て込んでホテル建設したということになる。

このあたりで退屈しのぎの「浜田港不思議発見!」をやめておくが、振り返ると、ここまでの航程で「浜田港」には合計4日いたことになる。この長さは「境港公共マリーナ」と同様だが、同地は観光コンテンツとMBYCのホスピタリティで担保されており快適この上もない。

それでも「浜田港」に長くいたのは往航ではフラップ制御耐圧ホースの破れによる緊急入港とその対策、復航ではその際世話になったN氏への御礼と、「有福温泉」の再訪、そして「境港」で下船した副長のピックアップのための滞在であった。(広島駅からの直通高速バス)

次第に明日の出港準備が整うに従い、係留場所に鳥居がある「大歳神社」が気になり始めた。しかし、訪れてみると写真のように荒廃し、蔑ろにされていることがわかり心が痛くなった。これこそ「深草の少将」の有り様だと思った。

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 たまたま、高齢の氏子さんが1人賽銭箱の管理をしていたので「御祭神はどちらの神様ですか?」と尋ねると「八幡さんです、右奥にあるのは住吉さんです」と答えてくれた。創建は奈良時代聖武天皇の時代とされ、その根拠として式内社としての記載をあげていた。「浜田港」漁業の最盛期には漁労の豊漁と安全の神として多くの崇敬を集めていたという。その後、漁業が廃れ、更に宮司が絶えたことも加わり、このような有様になってしまったと話してくれた。

私としては、ここまで無事にそして残り一週間の無事航海と、「浜田港」での地元各氏の支援がなければ今回のクルーズは成就できなかったことへの感謝を示したくて一部ではあるが、神域を老人より竹箒を借りてしばし履かせてもらった。気持ちが大いに安らいだ瞬間でもあった。

明日は「仙崎港」に向かう。

 

2021年春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月11日 再び「浜田港」

復航4日目:この「温泉津」では配達給油を受けるのが難しい(1番近いコスモ石油で約3km)と考え、「浜田港」での給油を予定している。たった、20マイルの航程だが途中に定置網が複数あり注意を要するところだ。電子チャートに往航の軌跡を残してあるので原則この軌跡を辿っていくつもりである。「Windy」をチェックすれば「温泉津」と「浜田」の海域のみ風が弱い。それより先は朝鮮半島に位置する低気圧に向かって強い南風となっている。

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朝6時台に「湯泉津港」にはちょっと大きすぎるバラ積み船入ってきた。港の入り口側の岸壁が石材置き場に見えたので、多分石材の引き取りにきたものと思われる。タグボートもないのに上手いこと回頭して岸壁に横付け。よって、この場所に不用意につけると寝込みを襲われかねない。「湯泉津港」を泊地とするなら、同港奥にあるJF島根湯泉津出張所への架電は必須と考えた方が良い。

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 8時50分、「湯泉津港」を出港、9時50分に「浜田港」に到着。ボートにとって20マイルは1時間を切る航程、往航時につけた場所が空いていることを確認、JF浜田支所に電話を入れ許可を得る。更にこの場所を管理しているN氏に再会して往航時のテキパキとした故障対応に改めて礼を申し上げた。

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早速、地元の燃料店「浜昭」に連絡を入れ配達給油で400Lを入れた。これで再び満タンに戻った(累積4,050L)。写真通り、いつ雨が降ってもおかしくない雲行きである。

「浜田港」を観光目的で訪れる人は少ないと思う。見るべき歴史、自然のコンテンツが本当にない。海からの訪問者にとっては、西日本屈指の漁港だけに燃料、給水、修理、買い物、洗濯、着ける場所には困らない。しかし、風情があるわけではないので、ローカルの漁港に立ち入る際のワクワク感はなく、明確な目的を持った寄港になってしまう。しかし、ロングクルーズとなるとこうした寄港も必須となる。

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歩いて5分ぐらいで、「ゆめタウン」がある。なんでも揃うのは「境港公共マリーナ」と同じだ。風呂については、歩いて行ける範囲に「健康ランド湯〜トピア」がある。(翌日探索も兼ねて行ったが、パチンコ屋さんの地下、その入り口で引き返してきた)やはり、温泉に期待して「有福温泉」まで出向くことを勧めたい。前回は地元のN氏の車に便乗したが、今回は自分の足で行ってきた。行くに値する湯なので、情報を皆さんと共有しておきたい。まず浜田駅まではタクシー(14百円)、駅前(4番乗り場)から15時発のバスが出ている。15時40分に「有福温泉」(終点)に着くので、ささと温泉して16時24分のバスで戻るしかない。これを逃せば2時間後のバス便になる。少々忙しないが、温泉以外に何もないので他に過ごしようもなく、十分な時間である。

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バス停から3分の「有福温泉街?」入り口。急な山斜面の中に作られている、伊香保温泉のミニ版と思えば良い。

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外湯は3箇所ある。ここが代表格の「御前湯」、とても良いのである。往航では、地元リピーター御用達の「さつき湯」に入ったが、こちらの方がお湯が緩くて癒し系。

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しかし、湯殿の雰囲気は「御前湯」の方が軽やか。でもちと熱め、カラスの行水系

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外観、湯殿の作り、どれをとっても大正時代に作られた当時はモダンだったはず。いわゆる大正モダンに該当するデザイン。良いお湯でした。

2021年春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月10日 再び「温泉津」

復航3日目:副長は本日下船。サラダ(ヤギ)とコスズ(猫)の世話のためである。単独航になるが、今日の目的地は往航でも寄った「温泉津」。途中避難可能な港である「鷺浦漁港」、「大社港」についても往航で立ち寄っているので、海況の変化とそれがもたらす港への影響も想像できる。それでGo!を決意した。さて、本日の境港の干潮時間は7時36分、念のため潮位が上がるのを待った。いくら喫水の浅いボートでも水深2m以下は怖い。なぜなら、海底が泥砂と分かっていても、スクリューが海底の泥砂を巻き上げかねないからだ。赤潮系の生物ならインペラーに入っても大丈夫だが、砂は石だから悪さをする可能性が大きい。潮待ちで出港が遅れても幸い今日の海況は高気圧に覆われて、ベタ凪に近い状態が終日続く。

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9時50分に出港、70マイル先の「温泉津」には、12時50分になんなく到着した。ただし「美保関灯台」を交わすまでは昨日午後から吹き出した7〜10mの北東が引き起こした1〜1.5mの向かい波が残っていた。これを読み誤って完璧な片付けをしていなかった船内キッチンから、まな板、コーヒーサーバー等が吹っ飛んでしまっていた。樹脂製の白い抗菌まな板は重いので、当たれば船内家具にダメージを与え(今回は床材)、耐熱サーバーはガラス製なので割れたら後始末が大変(今回は絨毯の上に落下してセーフ)。次回からは凪と分かっていても万一を考えきちんと仕舞う!を誓った。

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「温泉津港」の入り口を望む写真。西には開いているが幾重もの堤防にも囲まれ安全な泊地にだと思う。プレジャーボートの来訪がめっきり減ったと言っていたので、この岸壁の利用が許されたが、通常は見えている防波堤の海側をつけて良い場所として指定されると思う。この港では、トイレ、水のアクセスは大丈夫だが、配達給油は難しいと往航で判断していたので、出発港の「境港公共マリーナ」で口元ギリギリまで入れている。おかげで、3時間走ったが燃料残量は十分にある。

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航海中、私のフェンダーの使い方を見て「フェンダーは縦に使うばかりが脳じゃない」との遠隔指導が入ってきた。これを受けて臨機応変に横使用を考えるようになり、今では「なるほど、物は使いようだ!と感心している。

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日差しが弱くなるまで、艇内で昼寝。目覚ましのように携帯が鳴る。「良いとこに艇を着けてますねぇ」といきなりのトーク、またもや「境港公共マリーナ」以来のドッキリカメラかと周囲を見回したら、彼の車が港にいるではないか。NYOCの僚艇、M氏からの電話であった。氏曰く「仕事で浜田に来ていたので、ブログを見たらHAPPYが湯泉津を目指していると知ったのでちょっと足伸ばして会いに来てみました。私もここは好きですね。温泉もあるしゆっくり自分の船で来たいですね」などとしばしのトークを楽しんだ。上の写真は話題に及んだ「薬師温泉」。誰もいないのでパチリさせてもらった。体を洗うというより黙って浸かるという温泉、泉質である。とても体に効く!という感じで、今流行りの癒し系の湯ではない。

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今晩は、この景色を見ながら一人居酒屋。 つまみはイカとイサキのお造り。先ほど地元の魚屋(松本屋鮮魚店)で調達。酒は温泉津の酒「開春」(純米超辛口、生酒)である。

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2021年春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月9日 再び「境港公共マリーナ」

復航2日目:今朝の起床まで艇は全く揺れずぐっすりと眠れた。クルーズ中は運動不足にならないよう観光、散歩、買い物等の理由をつけて1万歩は歩くようにしているため昨日も柴山集落を散策した。その疲れと、アフトデッキのバータイムの心地よさが加わりぐっすりと眠れた。

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6時50分「柴山港」を出港、油をたらしたようにまったりした海面を「境港公共マリーナ」(70マイル)に向かう。9時50分、予定より30分ほど早く着いたのは、追い風(北東5m)、追い波のおかげだろう。「柴山港」で配達給油が想定外に受けられなかったので「大飯」から無給油となってしまった。

ポーナム35の公称燃料積載量は、燃料計表示(フル)で760L,それから後100L入るので860Lが実力値と見ている。メーカーは890Lまでは入りますというが、吹きこぼれリスクがあるので試していない。よって時間消費120Lとして、トータル7時間走行を目安にしている。既に「大飯」から「柴山港」で3時間走っているので、燃料残を考えて後、4時間走れると判断し「鳥取港」での給油立ち寄りをせずに一気に走り抜くことにした。もちろん「境港公共マリーナ」到着時の燃料計はレッドゾーン目盛(残高100L)を指していた。

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この岸壁が給油の場所となる。ビジター桟橋では入れられない。650L入れて満タンに戻すことができた。(累積3,650L)今の風は「Windy」では北東5mだが、実際には7mぐらいになっている。これまでの経験では「Windy」の予報風速は1〜2m低く表示され、変化のタイミングも1時間遅くなる気がする。有料会員登録したら、これが解消されるのだろうか。皆に聞くが、誰も有料会員になっていないので分からない。よって自分が実験台になるべく、本日からプレミアム会員(年間2,000円)となってみた。結果は、ブログで報告したいと思う。

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往航での「境港公共マリーナ」寄港の際には時間がなくて行けなかった「美保神社」を訪ねるため「美保関」に行ってきた。主祭神は「コトシロヌシの神」で「オオクニヌシの神」の第一子とされている神、この神はエビス様としても広く知られている。

建築様式はいわゆる大社造りを2棟並べて繋いだ造りで、この形をガイドブックで見て興味が沸いたのである。しかし、実際に見てみると後世の人々による作為性を感じた。創建時の歴史を踏まえたものではないと思う。神社が鎮座する「美保関」は日本海を行き来する船全てから通行料をとる関所があったところなので、それが莫大な収入をこの地にもたらし、町は大いに繁栄したとあるから、きっと財力に任せて、そして当時の船乗りに対する集客効果を狙って作ったものであろう。現在の本殿は1813年、徳川家斉の時代の造営とされていたので、この時代は町人文化が顕著に発展した時代、何やら全体が結婚式場のように華やかなのはそのせいかもしれない。かつ拝殿・回廊は昭和3年に当時著名な建築家(伊東忠太)が設計・管理したというから、もはや現代建築といってもよい匂いを感じ取った。

 

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参道につながる横道が、京都なら先斗町、大阪なら法善寺横丁 を彷彿させた。今はコロナで人気は全くないが、これからの地方再生の肝は「神社を磨くこと、飲み屋を磨くこと」というのが私の持論。「美保神社」が総工費12億円かけてより立派になろうとしている時、こちらの通りも一緒に磨くことが出来れば良いのにと思う。そのようになれば、この「美保関」は境港の奥座敷として、訪れる人を惹きつける夜の街になるはずだ。

夜はMBYCの総務担当理事のT氏のご案内で「魚山亭」に出かけた。ここは「境港公共マリーナ」からタクシーワンメーターでいける所にある。同マリーナを訪れるビジターの方々におすすめしておく。鮮度もさることながら、刺身の切り方がブツ切りに近く男っぽい、まさに漁師スタイル、それでいて接客細やか、ナイスな店であった。

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このブログを通じて業務連絡。Tさん、新しいボトルいれときました。封切りで飲んでください! そしてMBYCの皆さん、ありがとうございました。

 

明日は、往航で気に入った「温泉津港」を再び訪れる予定である。

 

 

2021年春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月8日「柴山港」

復航1日目:本日からホームポートである「仁尾マリーナ」に向けての復航が始まる。
8時50分「うみんぴあ大飯マリーナ」を出港、航程65マイルの「柴山港」を目指した。途中の海況は全く穏やかで2.5時間後の11時30分「柴山港」に到着した。岸壁に接岸後、早速漁協に菓子折りを持って挨拶に行ったのだが、あいにく定休日であったため、とりあえずこの場所を今夜の仮り泊地とした。

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ちょうどお昼の時間になったので、この港の界隈で唯一の営業中のお店(中華山珍)を訪れ、お昼のラーメンと餃子を食べた。会計レジの際に「ちなみに、この港は何県ですか?」と私が店員に尋ね、「兵庫県ですよ。」と回答を得るという何気ない会話をした。食べ終わった後、艇に戻るとすぐに車でやってきた男性が話かけてきた。聞くと、本日は休みの漁協の職員であるという。それにしても、ちょうど帰ってきたタイミングでよく来られましたねと話をしたところ、先ほどのお店(中華山珍)に彼も客として来ていたというではないか。先ほどの何気ない会話を彼が耳にし、私が岸壁に着けているプレジャーボートのオーナーとわかったのだという。結果、正式に着けた場所利用の許可を得ることができた。

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この場所から徒歩数分のところに綺麗なトイレ(24時間利用可)があり、給水も漁協に断れば使わせてもらえる。ただし、給油は配達給油も含めて受けられない。(Googleマップに載っている長福石油は、灯油とガスのみ取り扱いで軽油は扱っていない)

生活必需品なども売っているところはなく、避港地として割り切って着けさせてもらうなら静かな良い泊地だと思う。冬はカニの水揚げで活況を呈するとの説明を受けたが、禁漁期間となる4月から10月までは岸壁は比較的余裕があるので、「この期間なら漁協の了解を得てくれるならプレジャーボート・ヨットの利用を受け入れている」とは漁協(柴山支所)のM氏の言葉であった。

しかし、観光パンフで、カニ松葉ガニ)良し!  肉(但馬牛)良し!米(村岡米、3年連続金賞)良し!を地域の自慢グルメと謳っているのにラーメン店一軒しかないのはどうしてだろう。ここが神戸と同じ兵庫県とは思えなかった。

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ただし、この岸壁はいわゆる「漁船仕様の黒ゴム防舷」、そして護岸は「穴あき仕様の岸壁」なので大型フェンダー(長尺なら両端のアイにロープをつけて横位置にして黒ゴム防舷の両間隔にセット)でぶら下げることが必要となる。もちろん、この地でも他の日本海の港と同様に干満差は気にするほどない。なお、水深は4m以上ある。

明日は「境港公共マリーナ」(70マイル)に入る予定。「Windy」によれば北東7mになるのが13時以降、それまでに入りたい。

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翌日朝5時の「柴山港」。

2021春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月7日「大飯」

19日目:伊根の舟屋の海遊を夢見て、テンダー(アキレス+2馬力船外機)を積み込み込んできた訳だが、昨日は南風が収まり凪になったのに「井根港」の内水面はなかなか落ち着かない。一方で、晴天の日曜日だったので、多数の観光客が来ている。そんな中で、ハッピー・テンダーで港内を舟屋沿いに海遊したら、多いにスマフォ撮影され、こちらも愛想よろしく手を振ったりすれば、なおさら新手の選挙運動?とかコメントされて笑い物になってしまう恐れも出てきた。そんなことを思いながら、テンダーと船外機に「ごめん、浮かべられなくて。井根まで一緒に来たのに」と綺麗な海水をかけて詫びた。

いずれにしても、「寄港のタイミングが休日×南風となったら、井根は立ち寄って観光する所で、泊地にはならない」と自分なりの評価を固め、昨日の午後、井根泊を取りやめ、13時30分、30マイル先の「大飯」に急いだのだった。

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正中を過ぎた午後の陽光に照らされ金色に光る「関西電力大飯原子力発電所」のドーム屋根は山間の谷の中にあり、まるで昔のTV「マグマ大使」に出てくる秘密基地の様であった。これを見ながら穏やかな入江に入るのだが、なぜ手前の海域で巡視艇がこちらの船速(26kt)に合わせてしばし追いかける様に接近してきたがその理由に得心した。更には必要なまでの「鳥取海上保安署」職員による職務質問の理由もわかった。「舞鶴」からこの辺りの若狭湾沿岸には原発が多く、きっとテロ対策の一環なのだろう。

泊地のアプローチにあたっては、いつもGoogleマップを併用して接近している。「うみんぴあ大飯マリーナ」も同様にして接近、無事舫を取ることができた。昨日の係船作業完了を持って、HAPPY号の2021年春クルーズ(隠岐島舞鶴)往港の無事完了となった。

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しかし、「うみんぴあ大飯マリーナ」の立派さには驚いている。職員に聞けば「このマリーナは大飯町の所有で、町自体が原発誘致効果で財政状態も良い。それに支えられて日本でも屈指(北陸では1番充実したマリーナに仕上がっている。地元経済もしっかりしているので、ボート・ヨットを楽しむ人が多い」と答えてくれた。

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この写真をご覧いただきたい。ロングクルーズの折り返し基地として完璧な配置である。全て徒歩5分圏内にある。特に銭湯と記された湯の場所は「うみんぴあホテル」の併設で、快適この上ない。早速、訪れて久しぶりにお湯に浸かり、癒しを得た。残念だったのは、到着した昨日が日曜日で飲食店が休み、打ち上げは本日に持ち越しとなってしまったこと。今の頭の中は、往航の振り返りより、復航のことでいっぱいになっているからだ。今日は午前は多いに洗濯、午後からは上架して、船底のチェックと手洗い洗浄を行って帰りの準備を始める。

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f:id:bentenebis:20210607151740j:plain走りに走ってきたので、フジツボも全然着いておらず、ペラにも何も絡まっていなかった。往航の無事を感謝して手洗いしたが、何しろ綺麗なので30分で作業を終え、その後500L給油して満タンに戻した。往航で使用した燃料の総量は3,000Lということになる。一方、「浜田港」沖で故障した左右制御フラップは相変わらずで、左右いっぱいに上げてそのまま航海を続行している。高速だと艇が右にやや傾いて走るのは仕方がないが、艇速は同じ回転数で2ktぐらい速くなった。ロングだと毎時2ktの差でも大きい。

 

2021春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月6日「井根漁港」

18日目:昨日、12時に「鳥取港」を出て、15時に「井根港」に入ったわけだが、その時の直感が当たった。ここは観光で超人気の場所、それも我々ボート・ヨット乗りと空間を同じくする「舟屋」見物と「岸壁釣り」が目的で人気の場所なのだ。「仁尾マリーナ」を出て18日目、私にとって最悪の泊地選定となってしまった。もし、皆さんが「井根港」を泊地として選ぶなら、少なくとも土日祝祭日は絶対に避けた方が良い。勿論、この港が開いている南からの風が吹いていれば、尚更である。舟屋の大半が南に向いていない理由 がここにある。

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この上の最初の写真奥に見える左側の緑が「井根城跡」のある岬、右側が入り口を塞ぐように位置している「青島」である。泊地として使用できる岸壁はこの間を入って、まっすぐ北に進んだ、観光者用駐車場の岸壁である。車からすぐに竿を降ろせるので、夜釣り、早朝の釣りを楽しむ人も多く、終日人の話し声がする。勿論、遊漁船(よく釣れるようだ)、港を巡る観光船(1人千円、30分)の乗り降りにも利用される。

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駐車場は夜釣りの車中泊、早朝の釣り客で時間を追うごとに満車になっていく。昼間になれば駐車場はいっぱいになり、そうした人達は遠慮なく視線をこちらに浴びせてくる。まるで、銀座の交差点に裸で立たされている気分、誠に落ち着かない。夜は額につけた?懐中電灯の鋭いビームが投光器のように船内を走る。昨晩の井根ファーストナイトは、予報外の南7mも加わり散々であった。

 

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今日6日(日)は朝から天気、かつ無風である。観光客がどっと来てもおかしくない好天気。このままでは「井根港」に悪い印象しか残らなくなってしまうと考え、朝早くに散歩にでた。最初にトライしたのが写真の「舟屋日和」という店、夜にはライトアップされるのでよく目立つ。行ってみれば、猫の額のような狭い土地ではあるが、コンパクトな形で面開発に成功している。11時の開店待ちでカフェ店頭には列ができ、ここに向かう道すがら多くの人がぞろぞろ歩いている。カフェは16時30分に閉店するが今度は隣の高級鮨割烹が開店、お宿も併設している。中々の仕上がりである。鮨割烹はコロナ対策として黙食を要求し、4名以上グループの来店を禁じていた。それでもこれだけの人気、きっと井根の新たなランドマークとしての地位を確立しているのだろうと思った。いわゆる「映える」のである。私の地元にも「映える」で人気を確立した「父母が浜」があるが、地域特性を思慮しないバラバラ開発されてしまったため、今は取り返しがつかないほどに情けない有様になってしまった。

さて「舞鶴」に向かう際に船で訪れランチでもできたら、、、と考え、現地調査に行ってみた。2mの水深があり、防舷ゴム、係留ビットも用意されていたので「これならつけられる!」と思ったが、振り返ればこの看板が目に飛び込んできた。残念!

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最後に、「井根港」を訪れた多くのヨットマンが言及する「なぎさ鮨」は、看板にあった「鮨」の一文字を削って「食事処・呑み処 なぎさ」、すなわち居酒屋?になっていた。一応、ヨットの方々の為に共有させていただく。

 

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 観光客も徐々に増えてきたこともあり、そそくさと艇に戻ったが、その代わり昼食はアフトデッキにての冷やしそうめんとなってしまった。

寅さん映画「あじさいの花」(マドンナは石田あゆみ)で見た「井根」は静かな寒村であったが、今日の「井根」はまるで街全体が「デズニーシー」のようであった。