朝、反対側に着けていたヨット(ハルベルラッシー、海坂)のオーナーとは2度目の邂逅、お互いにこれまで行った泊地情報を交換してしばしの時間を過ごした。聞けば、78歳、退職金でヨットを買ってからヨットに乗り始めたという。「80歳、いや自分でセールを上げられなくなったら引退する」には驚いた。その中で「シングルならスラスター付きで50fが上限、特に国内をちょこちょこ回るなら尚更、そのサイズになれば発電機が別に積める。理想はそれ」に納得した。
次の目的地は呼子。「呼子の泊地として台場の湯前の岸壁はダメ、その奥の赤い通船桟橋の海側が着けられる」という情報には驚いた。実は私も「呼子」寄港の際に行った泊地探索で、次の係船場所として注目していたので、やはりそうかと思った(下の写真)。彼は今日ここに着ける予定だそうだ。呼子は静穏さえ確保できれば、「台場の湯」もあって悪い泊地ではない。
さて、私の方は海況的には次の泊地目指して出港もあり得たが、これまで強風波浪、強風注意報、そして雨降りの中、緊張を強いられる航海を繰り返してきたこともあって、「今日は一日休息!」と決めた。もう一日のステイとした。そして、改めて「平戸港」泊地の魅力を確認するべく、紹介記事を書いておくことにする。
これが、ビジターに開放されている浮き桟橋の横からの全景。屋根がついているので何かと過ごしやすい。現在「HAPPY」がついている側と反対側も着けられる。ただし、事前の予約はできない。ここがいっぱいの場合は、さらに奥にある浮き桟橋も利用可能。しかし、便利なのは、水、トイレ、電気(100V)のアクセス面で断然この場所が良い。
桟橋から港奥の写真(上)だが、左奥に漁船が着いている浮き桟橋が利用できる。その右横に見える青い看板が「ニューポート石油」で配達給油に対応してくれる。しかし、ボートの場合はこの桟橋には軽トラが入らないので艇の移動が必要になる。ヨットであればポリタン給油ならこの場所でも大丈夫。その右に見える黒の2階建ての黒い木造が美味い魚を刺身にしてくれる「永島鮮魚店」で、そのから突き当たりにローカルスーパー「メルカド」が見える。コインランドリーはすぐ見つかる。
「平戸港」の歴史を理解する為には、この「オランダ商館」を訪れると良い。館内の展示を要約すると、最初が「遣唐使船」の時代の泊地の一つ、空海も立ち寄ったとか、次に倭寇の拠点の一つ、次は「王直」(中国人海商人)に連れてこられたポルトガルの拠点、その後が三浦按針(オランダ人リーフデ号で平戸到着)を端緒に「オランダ商館」時代、そして平戸に変わって長崎出島に交易ポイントが移って平戸の時代が歴史から消えて行くという流れだそうだ。
その担い手が有名な「東インド会社」だが、当時は希望峰とマゼラン海峡に挟まれたインド洋と太平洋を東インド海域と呼んでいたそうである。そして、「東インド会社」は日本語名でしかなく正式には「先駆的諸会社」(VOC)という名称だそうだ、その「V」は今の「Venture」に通じるのであろう。英語なら「Venture of the Company」なんであろうか。
「VOC」! 社名も果たした役割も好きである。