ボートで行くクルージング三昧

ホームポートを瀬戸内海に移してクルージングを楽しんでます

2021年春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月13日「仙崎港」

復航6日目:今日目指す「仙崎港」までは、60マイル、2.5時間の航程であるが、往航時には寄港していないので海況の見極めを慎重にしなければならない。Googleマップを見て着けられると思われる場所は事前にピックアップしてある。「Windy」をチェックすると「萩港」を超えて「仙崎港」に入るまでの海域が南東6mなので、陸側の形状次第でブロー8〜10mも想定しなければならない。ただし、山からの吹き下ろしなので大波にはならない、従い荒天減速状態にはなりようもなく安全とみた。Go!の判断である。

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 昨日の話しに戻ってしまうが、週末の「浜田港」は夕方に入って人の動きに変化が出た。岸壁に繋がれた遊漁船には、定員一杯の釣り人が乗り込み、各人期待感に満ちた表情を浮かべて出港を待っている。岸壁から見るとのルマンディー上陸舟艇に乗り込んだ新兵のようだ。

5時になると各艇が先を争うように一斉に出港、港内はそれらがおこす引き波で、てんやわんとなった。見送る船主らしき男性に聞くと「浜田港は遊漁船でイカを釣らせる地として人気がある。一斉に出船するのは良い漁場が取り合いにならないよう、17時の出船をルールで決めているから」と答えてくれた。このイカ釣りは本当に人気があるようで、夕方出港の夜帰港が第一便、深夜出港の早朝帰港が第二便という遊漁船もあり、まさに一晩で2回転営業。岸壁は朝早くまで賑やかであった。

さて、「仙崎港」であるが、港自体にそれほどの特徴はない。入港に際して特に注意を払う必要もない。ただ驚いたのが海の駅があるのである。それは道の駅「センザキッチン」に併設されていた。確かにネットで検索すると「センザキッチン海の駅」が載っていた。改めて艇をこの場所に移動させようかと思ったが、要項を見ると9〜18時までの日帰り利用(35fまで)のみ、収容隻数は一隻のみ。船中泊は警備の問題もあるのか不可。それで3千円(道の駅利用に伴う利用割引きなし)とは、長門市は海の駅の実情を知らなすぎる。

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 10時「浜田港」を出て、12時30分「仙崎港」のこの秘密めいた岸壁に着けた。干潮時でも3mの水深があった。着岸の際、南東5m、ブローで7mの風、左斜め前からの「離しの風」になった。今回は副長が乗船しているので問題なく着岸できたが、これまでの経験から単独航の場合、「離しの風」での着岸は避けたほうが良いと思っている。たっぷりフェンダーをぶら下げて、「寄せの風」で着岸できる場所を探すほうが良い。岸壁に飛び移った直後にブローが来れば、あっという間に艇に戻れなくなる。ロープを持っていてもその後の綱引きが大変なことになるからだ。

航程そのものは「Windy」の予報通りであった。最初に想定した場所が空いていたので、そのまま着けたが、作業していた漁師から「ここに無断で着けてもらっては困る。漁協の許可が必要!いつまでいるんや」と注意を受けた。これに対し「許可を取ろうにも今日は日曜日、漁協が休み。明日午前中に給油して出るのでなんとか一晩置かせていただけないでしょうか?」と丁寧に返したところ、「明日午前中ならええわ。ただし、後ろに後一隻、遊漁船入るのでそれ以上後ろにつけないように」と態度が変わった。明日朝に出る!が効いたようである。

接岸場所をめぐっての漁師との交渉、昔は怖いばっかりであったが、受け入れる漁師達も昨今はだいぶ変わってきたと思う。いや私も変わったのかもしれない。とにかく彼らが普段維持している岸壁を使わせてもらうわけだから、こちらもお邪魔しますの気持ちでいっぱいだ。これが、顔に態度に出てくる年齢になったということだろう。とにかく、これで「仙崎港」における今夜の泊地が決まった。

 

 泊地も決まり、いつもの街中散策を開始。この写真は先ほど述べた道の駅「センザキッチン」の内部。インテリア、照明、陳列は良いが、品揃えはデパ地下的で多分に都会的。若い人が好きな雰囲気でよく賑わっていた。

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次に向かったのが、仙崎港」に立ち寄った理由の一つでもある「金子みすゞ記念館」。「詩人西条八十に「若き童謡詩人の中での巨星」と称賛されたほどの詩人。日本の童謡の隆盛期であった大正後期に彗星のように現れて、26歳でこの世を去り、「幻の童謡詩人」として語り継がれていた女性。事前に調べたこのプロフィールから、不幸な運命に翻弄され、その逃避として詩作を行なっていた内向的な女性に違いないと思っていた。

しかし、記念館で彼女の経歴、代表的詩作品を読むとそれは大きな勘違いであった。この時代に女学校を卒業、決して貧しい家の出ではない。むしろ、先進的な家である。成績も学年3番以内、残した詩の数は5百篇以上、最後は自分の死をもって離婚した夫から娘の親権を取り戻すことを果たす。26歳であった。(当時は離婚すると親権は自動的に父親に帰属)誠に自分の意思をしっかり持ち主張する強き女性であった。

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金子みすゞの実家後に再現された「金子文英堂」、家の中に入り巡り当時のみすゞの部屋、遊んだ中庭、お風呂などを巡ると、それらをテーマに歌った詩が掲げられ、それを読み合わせると家の中に彼女の生きた姿が見えた気がした。

私はその湯殿に掲載されていた作品(お風呂)がなぜか気に入った。いきなりビジュアルが浮かび、心のシーンを掴んでくるのでびっくり。普段、詩なんて読むことないのに、ジーンときた。少しだけ紹介しておく。とにかく、可愛い、純!

母さまとーしょに入るときや、

私、お風呂がきらひなの。

母さまは私をつかまえて

お釜みたいにみがくから。

 

だけど1人で入るときや、

私、お風呂が好きなのよ。

なかで一ばん好きなのは、

ぽかり浮かべたこのきれに、

石鹸(しゃぼん)の函や、おしろいの、かけた小瓶を並べるの。

(以下略)

 

 艇に戻ったのが17時、気になったのが居酒屋「錦屋」の存在。電話してみるとコロナで休業中。あっそうだ、ここは山口県、これまでの鳥取、島根とは違う。

 

明日は「新門司」、いよいよ我がホームゲレンデ「瀬戸内海」に戻ることになる。