ボートで行くクルージング三昧

ホームポートを瀬戸内海(仁尾マリーナ)に移してクルージングを楽しんでます

「くらはし海の駅」に初めて寄港しました!

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「くらはし海の駅」に係船中のHAPPY。本日朝に見たテレビの天気予報では、愛媛県は昨日に続いて猛暑になると報じていた。出発地の「いまばり海の駅」桟橋でも朝から炎天モードであった。

夏のクルーズでのシャワー利用は、起きて1回、観光から戻って1回と1日合計2回は利用するため、静水の減りがなかなか速い。そこで、出港前にはできる限りポリタンで貰い水を行なっている。ポリタンとはいっても20Lフルに入れるので持てばかなり重くなる。そのため折りたたみのキャリーを使って運んでいる。毎回平均2〜3回は水道のある場所を往復して満タン(170L)に戻しているが、このぐらいであれば、管理者に断れば、気持ち良く許して貰えることが殆どで、今治も例外では無かった。

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今治港」から「倉橋島」へは、約40マイル、2時間ほどの距離と見た。来島海峡を通過し、鹿島大橋をくぐって、桂浜の公共桟橋(海から見て左側のみ開放されている)に着けるコースを想定し、その情報を航海計器である「レイマリン」にセットした。

9時に出港、10時45分に着岸したが、途中の海況は波風無く完全にフラットであった。25ノットをキープして走行した。天気は「倉橋島」に近づくにつれ、徐々に曇り空に変化し、島到着時には、雨がぱらつき少し涼しさも感じることができた。ラッキーと小躍りした何、この島には色々と巡りたい場所があり、歩くには曇りの方が都合が良いのである。しかし、実際に歩き始めると、すぐに快晴に戻ってしまった。これで、4日間連続して炎天下である。1日ぐらい雨になってほしいものだ。

www.setouchi-cruise.jp

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観光面で最初に訪ねたのが「長門造船歴史館」。私は律令制度がほぼ整うまでの日本の歴史が好きだ。律令制度の導入に重要な役割を果たした遣隋使、遣唐使が中国本土に渡る時に使用した、いわゆる「遣唐使船」の原寸船を是非とも見たいと以前から思っていた。

ここ「長門造船歴史館」に原寸復元船が展示されているのである。思ったよりも艇体はしっかりと作られており、これが渡海中に波浪で壊れてしまうのか?と瞬間思った。しかし推進力は、帆とはいうが竹で編んだパネル板を横板のように上から垂らしているだけで、帆柱に掲げても追手にしか通用しないしだろうし、ガンネル(側舷)から張り出した井桁の上に立って人が櫓で漕いでも、いかにも頼りないので、波に揉まれるだけ揉まれてしまったのであろうと思った。上部甲板に設けられた神社みたいな船室、船倉も覗いたが、シャワーもないわけで汗の匂いがさぞかし充満していたに違いない。殆ど漂流に近い航海であっただろうと想像した。

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次に、国の重要文化財の「桂浜神社」を訪れた。「祭神は当初、海人の神宗像三女神であったが、後に宇佐八幡宮から三神を勧請して…」などと書かれている所は、ホームポートである「仁尾マリーナ」近くの「波打八幡」、更には石清水八幡宮、鎌倉八幡宮とそれぞれ時代こそ違うが、同じスタイル。続けて、夜外食の下見も兼ねて集落を歩いたが、パッとした店はない。さあ、どこにしようか?なんて選ぶことはできそうもない。ここまで歩いて汗でぐっしょりになったので、一旦船に引き上げて、17時まで休憩することにした。

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少し休憩の後、3つ目の訪問場所、「桂浜温泉館」に行った。600円でなかなかの設備充実。温泉は透明な弱アルカリの湯で温度がそれほど熱くなく、私にとっては快適な時間となった。でも、地元の人のコミュニティの場でもあるらしく、風呂場がとにかく喧しい。露天もあるが、ここはさらに喧しかった。

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夕飯を食べる店をどうしようかと思っていたのだが、見た目が喫茶店の「かず」という店に入ることにした。この雰囲気は昔の珈琲館を思い出す。私も歳をとったものだ。 この店は、40年ここで喫茶店&寿司屋&うどん屋をやっているとの事(この壁の向こうはなんと寿司屋の作り)。この喫茶店で、定食やら、寿司やら刺身やら、様々なメニューが提供されている。一時は綺麗なおねいさんが3人もいて、1万円のチップが飛び交っていたそうな。島の人口も今の3倍ほどいたそうで、呉の造船ブームもあり、バブル時代はかなりの賑わいを見せていたという。 今夜は、この喫茶店で、刺し盛りつまみにビールを飲んで、締めがカツ丼定食を食べて満腹となった。