ボートで行くクルージング三昧

ホームポートを瀬戸内海(仁尾マリーナ)に移してクルージングを楽しんでます

2021年春クルーズ(隠岐島・舞鶴)6月1日「隠岐島」(西ノ島)2日目

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13日目:「隠岐島」(西ノ島)での滞在は2日間とも「鶴丸ホテル」(正式には隠岐シーサイドホテル鶴丸)である。一か月に及ぶロングクルーズの負荷が、体に応えないようにするためには途中で旅館・ホテルに泊まるようにしている。その宿泊施設が専用桟橋を持っているなら最高である。

このホテルには多くのヨット乗りがやってくるようで、境港公共マリーナをホームポートに活動しているMBYC(美保湾ヨットクラブ)のメンバーも連んでよく行くと言っていた。「隠岐島で風呂が入れて、飯が美味くて、ヨット・ボート歓迎、専用桟橋まであることを考えると鶴丸しかないな」とはT氏のコメント。だから、皆が持ち込んだ、船好きなオーナーが買い求めた雑誌「舵」がロービー本棚にたくさん並んでいた。因みに、このホテルのオーナー社長と少し話をさせてもらう機会を得たが、聞けば私と同じS28年生まれ、「船乗りになりたくて、商船学校に入学したが、家の都合で諦めざるを得なくなってしまった、だから船で来る人は無条件で歓迎、ホテルに泊まらなくても桟橋、お風呂は無料にしている」とのことであった。

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あまりに懐かしさに1時間近く読み耽ってしまったが、記事の内容もさることながら、雑誌に広告を掲載している企業の顔ぶれもそうであった。今も生き続けている企業がいかに減ったかがわかる。それにしても昔の「舵」誌は重かった!

本日は、レンタカーを使って観光地巡り。その後は明日の出港準備(燃料、水補給、ゴミ出し)をする。次の更新は観光地巡り報告となってしまうことを再びお許し願いたい。

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隠岐島」(西ノ島)の別府港と、本土(境港)はこのように立派なフェリーで結ばれている。大型のトラック、観光バスがそのまま入ってしまう。

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寄港先に由緒正しき神社があれば必ず参るようにしている。ここ西ノ島に鎮座する「焼火神社」は古くから隠岐島における海上の守護神としての崇敬を集めている。車で中腹まで上がり、後は徒歩で約30分登ってようやく辿り着いた。隠岐島最古の木造建築物だそうだ。

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隠岐島」はかつては流刑の地であった。流刑は死刑に次ぐ重い罰で、ことに隠岐への流刑は遠流といって流刑の中でも最も重い罰だったそうだ。ところが約一年ののちに、隠岐島脱出に成功して、旗揚げし、幕府軍討伐に成功して京都に凱旋、いわゆる「建武の中興」だが、流刑中に過ごした御所跡が写真、地元では「黒木御所跡」と呼ばれている。

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この島には、牛と馬が自然放牧されている。この一家はこの下に溜まった水を飲んでいた。脅かしてはならないため、車をここに置いて、あとは歩いて見晴らし台へ行った。

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見晴らし台までは、馬と美味しそうな牛(隠岐牛)の間を通っていく。

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ジオパークに認定された島だけあって、中々の景色。空気が澄んでいるせいか、距離感が掴みずらかった。真ん中の奇岩が「観音岩」今の時期はこの岩に夕日が重なり、観音様に後光が差したように見えると言われた。

明日の「島後」行きの準備が終わった。燃料(奥田モータース)は離島だから高いのは仕方がないと覚悟をしていたが実際には免税で¥103であった。200L(累計2050L)ホームポートの「仁尾マリーナ」のが断然高い!

さて、「島後」は「隠岐島」を構成する島の中で最大の島、人口も1万人を超える。隠岐島の表玄関的島で、船なら「西郷港」、飛行機なら「隠岐世界ジオパーク空港」が控えている。泊地研究ということで、1日だけ「西郷港」泊りを体験してみることにした。本心はずっと魚ばかり食べてきたので、「隠岐牛」の焼き肉を食べてみたいである。何しろ放牧されていた黒牛を見て「美味しそう!」と感じたぐらいなのだ。